失ってから、後悔したって何も変わらないことは、……クラサメ君なら痛い程わかってるでしょ?
――好きなんだろ?フィア君のこと
だから、自分が許せない
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クラサメから逃げるように、エミナとカヅサと別れたフィアはその後自室に籠っていた。院長に呼ばれただなんて適当な嘘で、本当はクラサメと同じ空間にいたくなかっただけなのだ。
幸い急ぎの仕事も無かったため、夜まで気にせずいることが出来た。けれどやはり何もせず自室にいるだけでは嫌な考えやどうでもいいはずの事さえぐるぐると渦巻いてくる。
気分転換、そのつもりでフィアは夜のテラスに足を運んでいた。
「あ、トンベリ」
この間見掛けた朱いマントのトンベリ。
あれからテラスでよく見掛ける。
真っ黒な空を見上げてルブルムの向こうを除き込んでみる。カトルは今、何をしているのだろうか。
「カトルさん……」
会えばまた、逞しいその腕で抱き締めてくれるだろうか。ゆっくり瞼を閉じる。
何故か、エミナとカヅサの寂しげな表情が瞼の裏に焼き付いていて。
「っなんで」
再び目を開いた時にはぽろぽろと涙が零れていた。
何の涙なのか、自分でもわからない。
「……フィア?」
静かな空間に彼女の名が響いた。
慌ててフィアは涙を拭って振り返る。
「クラサメくん……?」
こつこつと靴音を鳴らし姿を見せたのはクラサメだった。暗がりでお互いの表情までは確認出来ないが、クラサメは少し目を見開いた。
「どうしたの?こんな時間に」
会いたくなかった。
その顔を見る度に苦しくなる。
その声を聞く度に胸がいたい。
精一杯表情を取り繕って、フィアは早口に問い掛けた。
けれどクラサメは何も言わず、立ったまま暫くフィアを見ているだけだった。
いつの間にかトンベリの姿が見えない。
沈黙に堪えきれず、フィアは適当な言葉を繋ぎながらそことなくクラサメの横を通り過ぎようと歩いていく。視線など勿論合わせずに。
「あ、もしかしたら呼び出されたとかかな?クラサメくん、候補生の時からよく呼び出されてたもんね。まだまだ人気は衰えないんだねー。じゃあ、わたしは邪魔になるからもう部屋に」
「フィア」
腕を、掴まれた。
「っ……はな!」
咄嗟にばっとその腕を振りほどく。
同時に月明かりに照らされたクラサメの端正なその顔を視界に捉えてしまって。
視線が絡まった。
碧い瞳が、驚きに瞬いた。思わず目が逸らせなくて、数秒、見つめ合う。
「泣いて……たのか?」
はっとして目を逸らす。
「ちが……ごめ、も、いかなっ……!」
踵を返そうとした瞬間、強い力で腕を引かれた。
「っ……クラ、サメく」
「フィア……」
ぎゅっと、懐かしい温もりに包まれる。
少し大きくなった彼の背丈と、広い胸。
ふわりと香った懐かしい匂い。
優しく響いた甘い声。
一瞬だけ、時が止まってしまえばいいのにと願った。このまま、永遠。
けれど。
「っや、離しっ……!」