名前を呼ばせないで、辛いから。
今年もサクラは花をつけず。
ただただ二人の約束を、嘲笑う。
![](http://static.nanos.jp/upload/r/raumx/mtr/0/0/20111127160400.jpg)
「へ〜じゃあフィアさんはたいちょーと同期なんだね?」
ルブルムの国境付近まで向かう途中、0組の候補生であり今日フィアが誘導するうちの1人、シンクが物珍しそうに呟いた。
「シンク、任務中に私語は慎め」
先を歩いていたエースが抑揚なく言う。
彼もフィアが案内を行う1人だ。
先ほどまで軍用のチョコボで移動していたが国境付近となると下手に目立った行動を取るわけにはいかない。必然的に徒歩になるのだ。
「なあおい、クラサメの奴ぁ昔からああなのかよ」
エースの注意も虚しく、任務を行うメンバーの最後の1人ナインが口を開いた。エースの溜め息が聞こえた気がする。
「ああ、って?」
「昔からあんな愛想のねえムカつく奴なのかよってことだ、こら」
“愛想の無いムカつく奴”
フィアは思わずくすりと笑う。
しかしナインのそんな問い掛けに答えようとして、彼女の頬は引き攣った。
「……同期って言っても、わたしはすぐに白虎へ密偵として行っちゃったから」
「だからあんまり知らないかな」そう返すと何故か酷く胸が痛かった。
それは彼らを騙した罪悪感からか、はたまた――。幸か不幸かシンクは「そっかあ〜なら仕方無いね〜」と言うだけで特にそれ以上は追求して来なかった。
「ほら、ここから先はミリテス領だ。ほんとに気を引き締めろよ?」
まるで班の班長代わりのように言うエースに、今が任務中であると言うことを忘れてフィアは笑いそうになった。
***
「フィアくーん!目的地まだー?」
間の抜けた声で言うカヅサにフィアとエミナは溜め息を吐いた。
「もうちょっとだよカヅサ」
「全く、カヅサも少しは地図見たら?」
ほぼ目的地への思考を丸投げのカヅサにすかさずエミナは渇を入れる。
フィアはそんな2人の様子に思わず笑みが洩れた。
「フィア、ちょっといいか?」
「クラサメくん」
先を歩いていたクラサメが振り返り、フィアの持つ地図を覗き込む。フィアもカヅサたちから視線をクラサメに向けた。
「もうすぐだな」
「そうだね。この森を抜けたら大分わかりやすい道に出ると思うし」
ちらっとクラサメがフィアを見つめる。
フィアが不思議そうにクラサメの碧い瞳を見つめ返すと、何故だかお互いにふっと笑みが浮かぶ。
「疲れてないか?」
「うん、大丈夫。クラサメくんは?」
「俺も平気だ」と呟いてぽんぽんとフィアの頭を撫でるクラサメ。彼らの後ろで何やらじゃれているエミナとカヅサはそんな2人が醸し出すむず痒い雰囲気には気付かない。
「さっさと終わらせて、帰るぞ」
「うん。エミナ、カヅサ置いてくよ〜」
フィアが呼び掛けると真っ先にエミナが笑顔でフィアに走り寄ろうとする。何故だかバシッとカヅサの背を叩いて。
「っエミナ君……」
背中を思い切り叩かれたカヅサはげほっと噎せながらもエミナに続く。
「そうだ。クラサメくん、帰ったらまた街にランチ食べに行かない?」
「今度はちゃんとオレンジのチキンライスで、か?」
くすりと笑ったクラサメにつられるように、フィアもくすくすと笑い出した。
「うん」
***
「ん、……さん、フィアさん?」
はっとして後ろを振り返る。
今までフィアに呼び掛けていたらしいエースは少しだけ驚いた顔で瞬きをした。
「大丈夫か?」
「ごめん、ちょっと考え事」
慌てて言い訳するとシンクやナインも少し心配そうに彼女を見ていた。
何でもないから大丈夫だと念押しして、フィアはすっと前方を指した。
「あそこがイングラム」
彼らが潜入するのはミリテスの首都イングラムではない。その近くの工場だ。
国境を越え今は完全にミリテスの領地。けれど念の為と着替えた変装用の皇国兵の服のお陰か、4人が怪しまれることはなかった。
「さて、わたしが君たちを案内するのはここまでだね」
案内、と言えば嘘になる。
皇国兵の制服を脱ぎ捨てる3人。
「ああ。助かったよフィアさん」
律儀に礼を言ってくるエースに軽く微笑み、フィアは彼らに向き直り小さな声でこっそりと言った。
「あとはCOMMからの通信を元に任務に当たってください。君たちに、クリスタルの加護あれ」
3人は力強く頷きフィアに背を向けた。
小さくなる3人の背に靡く朱いマント。
なんだかそれにデジャヴのようなものを感じてしまい、フィアはぱっと視線を逸らした。
「……フィアです。クラサメ士官」
COMMに手を当てて静かに呼び掛ける。
口にしたくない、その名を。
「わたしの任務は完了しました」
《ご苦労。気を付けて帰投してくれ》
無機質な機械音に交じり聞こえるクラサメの声は、まるであの日蝉に掻き消されたそれのようで。
《……フィア》
「了解」
ぶつり、と通信を切った。