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普段は意識しない、扉を開く音が何故かやけに頭に響いた。次いでその音は闘技場全体に広がっていく。否、闘技場に広がるのが遙かに先なのだが。

「成る程。貴様がクラサメか」

機械音のような男の声が聞こえた。
見慣れた広い闘技場内で唯一見慣れていないもの。10メートルほど先にある鉄の塊。皇国軍の兵器魔導アーマーだ。

「人に名を尋ねる前にまずは自分から名乗ったらどうなんだ」

クラサメは呆れ気味にそう言い放った。
魔導アーマーのスピーカー越しに鼻で笑う声が聞こえ、ハッチが開かれる。
コックピットから降りてきたのは黒い眼帯をした隻眼の男。

「無礼だったな。我はミリテス皇国」
「カトル、だろう?」

自分から名乗れと聞いたくせにさして興味は無さそうに、けれど確かな確信を持ってクラサメは彼の名を口にする。

「名乗るまでもない、か」

そのクラサメのやや挑発的な態度に、カトルは口元をしならせた。







お互いに名前は知っていた。
勿論面識は無いに等しいし、顔だって知っているわけではない。
けれど不本意ながら、知りたくもない名前を知ってしまっているわけで。

「ここはお前たち皇国軍の来る場所ではない。去ってもらおうか」

クラサメの右手に冷たい剣の柄が握られる。スッと伸びる刃が光に包まれて現れる。氷のような鋭い切っ先がカトルを真っ直ぐに捉えた。

「我の部下が、貴様に世話になったみたいだからな。氷剣の死神よ」

カトルは腰に下げていたサーベルを引き抜く。まるで鏡の様に磨かれた刃には対峙するクラサメの姿が小さく反射する。
“部下が世話になった”その言葉の意味は聞かずとも容易く汲み取れた。

「後ろのそれは飾りか何かか?」

今しがたカトルの乗っていた飛行型魔導アーマー、ガブリエルを顎で指してクラサメは氷剣を軽く構えた。
決して動かない2人。
冷えたクラサメの双眸と、眼帯で隠されていないカトルの隻眼だけがジリジリと火の粉を上げている。
決してクラサメの記憶からは消えることがなかったあの日の出来事。肉を貫く感触も、鮮明に覚えている“カトル”の名も。

「貴様1人くらい、剣1本で十分だ」

鼻で笑いながらカトルは言った。
闘技場から離れた何処か遠くで、大きな爆撃音が聞こえた気がする。



「っ!」

先に動いたのはクラサメだった。
一瞬でカトルとの間合いを詰め、その勢いのまま氷剣がカトルの胸元目掛けて突き付けられる。
サーベルの刃中頃でそれを受け流したカトルは体勢を崩し無防備なクラサメの背後を狙い、その長い足を振り抜いた。

「ほう、避けたか」

しかし無防備だったのは僅か一瞬で、払われたカトルの足をひらりと身軽にかわすと素早く氷剣を振りかぶった。

「「っ!」」

氷剣の刃をサーベルが受け止める。
ギリギリと、剣の柄を握る腕に力が籠められる。そこで初めて、間近にお互いの顔を見たかもしれない。

「朱雀四天王――そう呼ばれていただけあるのだな」
「褒め言葉として受け取っておこう」

冷えたエメラルドと穏やかなアイスブルーが交差する。
鳥肌が立つような嫌な音を響かせて、お互い後ろに飛び退く。かと思えばすぐにカトルはクラサメの左胸に狙いを定め強烈な突きを放つ。

「っく」

構えた氷剣の裏でそれを受け止める。両手で握った柄から下に刃が伸び、そこで受け止めている体勢。
弾みをつけて跳ね返して、再び刃同士が擦れ合う。

「成る程な。フィアの目は間違ってはいないようだな」
「っ!?」

ポツリと呟いたカトルの言葉に、クラサメは異様なまでに反応を示した。
カトルの口元が歪む。

「っしま……!」

一瞬の隙を付かれたクラサメは思い切り体重を押し込まれ、体勢を後ろに崩す。
間一髪で振り落とされたサーベルを受け止めると眼光鋭くカトルに言った。

「やはりお前が、フィアをっ」

見下ろす隻眼は冷たくクラサメを睨む。
カトルがクラサメの名を知っていたのはフィアが仕切りにクラサメの名を呟いていたから。
クラサメがカトルの名を知っていたのは自らの手に掛けた皇国兵がその名をフィアの存在と関連付けて話していたから。
早く忘れてしまえばいいものを、結果的にその皇国兵は生きていたのだろう。決して忘れさせてはくれなかった。

決して、交わることの無かった視線が。
1人の少女、
女性によって引き合わされた。

「いかにも。フィアを助けたのは我だ」

無機質なマスクに隠れて見えない彼の唇が悔しげに噛み締められる。

「氷剣の死神、覚えておけ」

大きくなる周囲の爆撃音が、2人の会話を遮った。

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