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不思議な夢を見た。
深く深く、沈んでいく意識。
暗くて 暗い 何もない。

蝉の声 雪の音 桜の色
どれも不透明で耳障りで

「クラサメくん」

色の無い世界で、カラフルな虹色が舞う
耳鳴りばかりの空間で、澄んだ音が響く

「フィア?」

けれど手を伸ばした瞬間に
意識は急浮上して



「っ……!」

突き付けられたのは無色の断片だった。






じっとりと嫌な汗を掻いていた。
天井に向かって虚しく伸ばした拳を握って、苛立ちをやり過ごす。
隣を見ると何も身に纏っていない生まれたままの姿のサユがいて、急激に頭が冷やされた。反対側に目を背ける。
けれど、今更帳消しには出来なかった。

ベッドから抜け出して、散らばった制服を適当に掴みシャワールームに向かう。
そういえば自分は今謹慎中なのか。
ふと数日前に切れた革靴の靴紐のことを思い出した。謹慎という事は部屋の外どころか勿論魔導院の外にも出られない。
靴を直すのは謹慎が解けてからか。

どうでもいいような事を考えながら、頭からシャワーを被った。
この水と一緒に、悩みや汚い感情も全て洗い流してくれたらいいのに。
子供じみた考えに自嘲が洩れた。

「とんだご都合主義だな」

ぐしゃっと髪を掴んだ。
そのまま鏡に手をついて、シャワーの熱さで熱を持った額を冷たいそこに押し当てた。
ひんやりとした冷たさがまた彼を現実に引き戻す。それを望んで自ら取った行動だというのに、突き付けられた現実が酷く恐くて。

「フィア」

そうして、シャワーから出た時に、彼女がいなくなっていたらいいなんて都合のいいことも考えていた。まさにご都合主義の己のエゴイズムな考えに、また、嘲笑。

ザアザアと降る雨のように
出しっぱなしのシャワーを止めた。



*



「帰ったのか」

シャワー中考えていた都合のいい希望が通ったみたいだ。なんとなくベッドには座りたくなくて、机の前の椅子に腰を下ろした。
髪を無造作にタオルで拭く。
何も、考えずに。

「………」

何気無く自分の手のひらを開いて見る。
この手で、フィアの腰を抱いたことはある。細かった。華奢で。でも柔らかで。
そしてこの手は、最後にフィアの手を離した手だ。

この手で人の肉を裂いて、
この手でフィアに触れて、
この手で命を凍らせて、
この手でサユを抱いた。

汚いんじゃないか。
酷く自分の手が汚らわしい物に見えた。
きっと見えないだけで、何人もの人の血で汚れている。色は落ちても、こびりついた血の臭いはきっと消えない。

「――……っ」

汚い手を握った。
爪が、食い込む。
朱が、滴る。

「クラサメ君、おはよう〜」
「っ!……カヅサ?」

突然開いた扉に驚いて、ガタッと椅子から立ち上がる。手は取り敢えず何もないように装った。

「謹慎中でお腹空いてると思ったから、リフレのメニューテイクアウトしてもらってきたよ!」

ややテンション高めに持っていた袋を持ち上げるカヅサ。フィアがいた頃だったなら「うるさいな」や「お前は元気だな」と愛の籠った冷たい言葉を返していたけれど、今はそんなカヅサのテンションが有り難かった。

「礼は言っておく」
「なにそれ冷たいなー!」

ああ、久しぶりにカヅサと話したかもしれない。酷く、懐かしい気がする。

「クラサメ君オムライスでいいよね?」

ちゃっかりとテーブルにオムライスと自分用のハンバーグを広げて、売店で買ったのかペットボトルのお茶まで準備している。

「カヅサ、お前授業は」
「いやだなあ、僕ぐらいになるとちょっと体調不良を訴えるだけで心配して貰って休みにって、クラサメ君にする話じゃないか」

クラサメ君も成績優秀者だしね、と言外に繋げてカヅサは笑った。

「つまり、サボりか」
「人聞き悪いなあー。授業より大事なことだってあるだろう?」

ビシッとプラスチックのフォークを突き付けられ、クラサメは溜め息交じりに椅子に座った。
オムライスの良い香りが鼻腔をつつく。

「男同士、割って話さなきゃならないこととかさ。いろいろあるだろ」

黙り込むクラサメに、カヅサは慌てて手を振ってスプーンを差し出した。

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