冷たい雪に覆われていた、小さな命たちの息吹を聞かせてくれるから。
「クラサメ君が一般人を殺した?」
「うっそ、あのクラサメ君が?」
教室はざわざわと騒がしかった。
立ったままのクラサメはやはり、顔色1つ変えずにただ黙っているだけ。
「反論はないのか……」
呆れた様子で隊長はクラサメを見る。
彼が真面目なのは隊長とて十分過ぎるほど理解している。彼が一般人を理由もなく殺したりなどする訳が無いことも。
「思い当たる節はあるので」
真顔でそういうクラサメに、隊長ではなく候補生たちが更にざわめいた。
やれやれ、そういった様子で隊長は教室の扉を指差した。
「カリヤ院長がお呼びだ。私でなく、話はそこでしてこい」
「わかりました」
クラサメは黙って席を抜け、教室の扉に手を掛けた。
そんな彼の背を、心配そうに見ている候補生が2人。そして、綺麗な笑みを浮かべながら見ていた女が、1人。
*
「では、町人と思わしき2人の男を殺めたと言うのは本当なんですね」
「本当です」
否定しない辺りが彼らしい。背の高い窓から朝の陽射しが入り込んでいた。
「どうして、殺したのですか?」
「彼らの会話から、2人が白虎の密偵であると判断したからです」
カリヤは真っ直ぐにクラサメを見据え、クラサメもまた真っ直ぐカリヤを見る。
少し沈黙が続いた後、カリヤがゆっくりと口を開いた。
「その会話の内容は、話せませんか」
今まで決して揺らぐことの無かったクラサメの瞳が、一瞬だけ揺らいだ。
「……話せません」
言えなかった。
フィアの話を聞いてしまい、頭に来て彼らを殺したなんて。完全な八つ当たり。
結果的に2人は白虎の人間だったが、もしそうでなければ……考えて思わずゾッとした。それと共に生じた1つの疑問。
(覚えて、る……?)
「いいでしょう。事情はわかりました。諜報部の方からも密偵の話は聞いています。一先ず、貴方には」
時計の役割も果たす窓枠に縁取られたガラスの窓。あの地平線の先に、彼女はいるのだろうか。
「暫く、自室で謹慎してもらいます」
クラサメは地平線からカリヤに視線を戻した。ここに呼ばれた時に、だいたいは予測していた。
カリヤは厳しい表情でそう言った後、少しだけ穏やかな笑みを携えてクラサメを見つめ直した。
「心身ともに、少し休みなさい」
彼は、何かに気付いているのだろう。
その上での謹慎なんだろう。
クラサメは静かに返事をして深々と頭を下げ、院長室を後にした。
「神の与える時の悪戯には、我々人間は逆らうことができません。闇に飲まれ、深みに嵌まり、粉々に砕け抜け出せなくなる者もいるでしょう」
カリヤ以外、誰もいない院長室。
降り注ぐ陽射しはあたたかかった。
「けれど、散らばった破片を拾い集めて新たな可能性を生み出すことが出来るのは、人間だけです」
冬が、終わる。
春の、訪れ。
「例えそれがレプリカでも、
道であることに、変わりはありません」
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