06(1/3)

朝。
気だるい体をすぐに起こす気にはなれずに、フィアは隣で眠る人物の胸に擦り寄った。外は吹雪いている。今日は厳しい冷え込みになると確か昨夜隣で眠る隻眼の彼が言っていただろうか。

「さむい」

パジャマ代わりのカトルのシャツではベッドから出る気になれない。仕方がないので隣の人物にくっついて暖を取るしかないのだ。

少し前、フィアは漸く出された食事を口にした。数ヶ月ぶりに喉を通ったスープはとても熱かった。胃液が大量に分泌されてすくむ横隔膜。食べるのが久しぶり過ぎて驚く食道に、吐き出しそうになるのを堪えて飲み込む。あの瞬間は2度と忘れられない気がした。

“そういう”名目でカトルに保護されたはずのフィアだったが、彼はあの日から何も手を出してこなかった。
ただ寝起きを共にして、たまに一緒に食事を取り、下らない会話や他愛の無い話を交わして1日が終わる。
決してフィアを無理矢理襲ったり抱いたりはしなかった。

彼女にはさっぱりカトルの本当の目的が何なのか理解出来ない。とはいえ、元々悪い人間では無さそうだし(白虎の軍人というのは抜きに)自分に危害を加える気配も今のところは見られない。
下手に気分を悪くさせて反感を買うよりも素直に彼に付き従っている方が頭の良い気がしたのだ。

いまだに隣で眠るカトルの顔を眺めた。
彼の顔をまじまじと観察することなんてあまり無かったが、よく見てみるととても整った顔立ちをしている。
背丈が高いからか、体つきもしっかりしていて抱き締められてしまうとフィアなんかはすっぽりと隠れてしまう。

敵の捕虜が先に起きて寝顔の観察などをしているのに目を醒ます気配の無いカトル。なんだかそんな態度を取られてしまっては調子が狂ってしまう。
フィアは閉じられているカトルの瞼と外の景色を見比べて1つ、小さな溜め息をついた。








その日、カトルは朝から視察と表してどこか街に出掛けたようだった。
カトルのいない彼の執務室。
逃げようと思えば出来ない事もないが、万が一失敗したとして、その代償は大きい。もし今のままカトルに大人しく服従していれば、もしかしたら朱雀に返してくれる可能性も無くはないからだ。
しかし彼の信頼を失ってしまえばそれは叶わない。最悪、殺されてしまう危険性もあるわけだ。

(せめてもう一度、クラサメくんに会いたい)

捕虜としてここに連れてこられてきた時は死んだ方が何倍も良かったと嘆いていたが、冷静になって考える。死んでしまえばクラサメの記憶にすら自分は残らなくなってしまう。クラサメだけじゃない、エミナやカヅサ、サユたちの記憶から一切消えてしまうのだ。

(クラサメくん)

彼は何気無く言った一言なのかもしれないが、裏庭のサクラを「フィアと、2人で」一緒に見たいと言ってくれたことが本当に嬉しかった。もう彼は忘れてしまっているかもしれない。けれどフィアの中ではクラサメとのそんな些細な約束が「生きるための希望」でもあった。

その為には何としてでも、何年掛かっても朱雀に生きて還らなければならない。

「あんたがカトル様のお気に入りか?」
「?」

執務室の扉から白虎の兵士が1人、食事のトレーを持って入ってくる。
考え込んでいて気が付かなかったが時計はすっかり昼過ぎを指していた。

「食事、置いとくぞ」
「ありがとうございます」

ローテーブルにコトンとトレーを置いたかと思うと、白虎兵はフィアの方をじっと見つめてくる。
仮面を被っているため表情は読み取れないが声の調子からすると相手は男。そう歳も取ってはいないだろう。

「あの、まだ何か?」

気になったフィアは下手気味に問い掛けてみる。男は「ああ」と手を胸の前で振った。

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