05(1/3)




『フィア』



*




吐く息が白く冷やされ、冷たい空間に同化していく。

「や、やめてくれ、たったのむ!」

無情。非情。
心の無いエメラルドの瞳が腰を抜かし後退る男を冷酷に見下ろした。

「ひっ!っ、ぎゃああああ!」

カッと開いた瞳孔。
男が最期に見たのは自分に鋭い刃の切っ先を突き刺す冷えきった碧い瞳だった。
その瞳の持ち主もまた、肌を刺すようなこの寒気さに心が同化していく。
噴き出る赤い鮮血が彼の頬を温めた。
白い地面に広がる赤。じわじわと冷たいそれを溶かし領地を広げていく。しかし暖かな赤は一瞬で白い雪の冷たさによりその温度を失う。

「………」

倒れている男の腹を踏み潰し、突き刺した氷剣をグッと引き抜く。噴き出す男の血液が顔に掛かるのを気にも留めず、彼は歩き出した。
その氷剣を、更に赤く染める為に。



*



「最近クラサメ君、元気ないね」

ガヤガヤと騒がしいリフレッシュルームの片隅。珈琲を片手にその黒い液体を見つめながらカヅサが言った。

「フィアがいなくなってから、よね」

対面して座るエミナもティーカップで自分の手を暖めるよう覆いながら答える。カップから立ち上がる湯気はゆらゆらと舞い、消えていく。
窓の外はすっかりと雪化粧が施され、今年もまた寒さがいっそう厳しくなるんだろう。南に位置するルブルムですらここまで冷え込むのだ。北にある地方はもっと寒いに違いない。

「でも記憶があるって事は、生きてる」

そう、フィアは生きている。
考えられる道としては皇国軍に捕虜として捕まったか、運良く誰かに助けてもらったか。
けれどもし後者だとしたらそろそろ彼女が魔導院に戻って来てもいいだろうに。それがないと言うことは。

「白虎の捕虜、か」
「まだそうと決まった訳じゃないんだけどね。その線が一番濃厚かな」

カヅサは呟いて黒い液体を口にした。
フィアがいなくなってから、クラサメは笑わなくなった。元々笑顔をあまり頻繁に見せたりする人物ではなかったが、それでもカヅサやエミナやフィアたちには他の候補生とは違い素顔をさらけ出してくれていた。
氷剣の死神。正に今の彼はそれだ。

「全部が全部、クラサメ君の所為じゃないんだけどね」

人伝に話を聞いたエミナ達はクラサメの判断は間違っていないと思っていた。
勿論、候補生としてはの話だ。
けれど、彼は酷く自分を責めていた。
あの時フィアより先に狙撃手に気付いていればフィアが自分を庇って撃たれることなんて無かったのだと。どうしてあの時フィアの手を離したのかと。

「フィアだって、きっとわかってて“行って”って言ったんだろうし。もしフィアがここにいたら、きっとクラサメ君を責めたりしないのにね」

彼も、そして彼女も優しいのだ。

「私、諜報部の子に聞いてみるね」
「フィア君のこと?」
「うん。何かわかるかも」

すっかり冷めてしまったオレンジ色のそれを飲み干し、エミナは立ち上がった。空になった珈琲カップをコトリとテーブルに置き、カヅサもまた立ち上がる。



*



「クラサメ君」

人の気配の無い空き教室から繋がる裏庭に、彼はいた。

「風邪引くよ」

大きな木の前で佇む彼は制服1枚。いくら生地の厚い制服と言えどこの季節。夜にそれ1枚では寒すぎる。

「エミナか」
「ごめんね、私で」

膝掛けを羽織ながらエミナは白い息を吐きクラサメの横に歩み寄った。特に拒否するわけでもなく、受け入れるわけでもなくクラサメは無言だった。

「あのね」

少しの沈黙が流れ、意を決して彼女は言葉を紡いだ。



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