X(5/7)

*



「わたしを、朱雀に返す……?」

クラサメが意識を取り戻して数ヵ月が経っていた。未だに現役で戦地に赴くことも多かったからか、彼の回復は思ったより早く順調だった。

「ああ。おまえをこれ以上此方に置く訳にはいかないんだ」

クラサメが入院している軍病院のテラスで、広がるミリテスの領地に視線を投げながらカトルが呟いた。テラスには彼とフィアの2人以外に人はいない。
元々軍の病院故、面会の客も少なく日頃から院内は閑散としていた。

「っ……でも、わたしはもう」
「またあいつと戦いたいのか?」

ミリテスはもう冬と言ってもいい程に冷え込みが厳しくなってきていた。このテラスでも、時折冷たい風が頬を掠める。
振り向いてカトルに言われた台詞にフィアは言葉を詰まらせた。白虎で諜報行為を続けると言うことは必然的にクラサメとは違う道を歩むことになる。お互いの想いを漸く伝え合えたと言うのに。

「それは……カトルさん、だけどわたしは朱雀の情報をあなたに」
「朱雀の情報?何を寝ぼけたこと言っている。おまえは私に捕虜として捕らえられていただけだろう?」

口籠るフィアにカトルはあっけらかんと告げる。それには彼女も納得が行かず。

「わたしは!白虎の密偵として……」
「密偵?おまえが朱雀にて諜報行為を行っていたと言う事実はどこにも存在しないが?」

そんなはずはないのに、カトルの言葉にフィアは困惑して目をしばたかせた。

「朱雀の内部情報は全て、私直属の部下が魔導院にて詮索していた。最も、それが誰とは言えないが」

そう、カトルはフィアから作戦内容や朱雀の動きを聞き出す前に既に他の諜報部員によって情報を得ていたのだ。勿論、彼女を完璧な白虎の密偵にすることを防ぐために。

「……そんな、カトルさん」
「おまえは負傷した仲間の付き添いで今ここにいる。時期が来たら朱雀に帰れ。まあ、私が言うまでもなく何より奴が連れて帰ると思うが。……そうだろう?氷剣の死神」

カトルの冷たい双眸がチラリとテラスの入り口へ向けられる。彼の視線を辿るよう倣ってフィアも振り向くと。

「っ……クラサメくん?」

扉の縁に手を掛けつつ、此方の様子を伺っていたのか。クラサメの姿があった。

「もう暫くは安静にしてろと言われなかったか?氷剣の死神」
「その名で呼ぶな」

心底嫌そうに、クラサメは言い捨てた。
そんな彼の行動が少し子供っぽく感じたのか、フィアは小さく笑みを洩らす。

「幾ら回復が順調とは言え、瀕死の重傷だったんだ。朱雀四天王とまで呼ばれた貴様がな、氷剣の死神」
「……聞こえなかったのか」

明らかに自分に対する嫌味に溜め息を溢し、クラサメはフィアの隣に歩み寄る。
まさか自分のいない場所で1度2人が剣を交えているなどと知りもせず、フィアはそっとクラサメの体を支える。

「皇国と朱雀との協議では今後、終戦へ向けた話し合いが進められる。特に貴様を拘束しておく理由は無い。傷が回復次第、貴様はここを去れ」

くるりと再び背を向けてカトルはクラサメに言った。少し困惑しつつも、クラサメは表情を引き締める。

「……助けて貰ったことには礼を言う。だがしかし、何故敵の……」
「理由など無い。それに礼を言うなら私ではなくフィアに言え」

言われてクラサメはフィアを見るが、彼女もよくわからず驚いている。

「彼女が居なければ、迷わず貴様に止めを刺していたんだがな。命拾いしたな」

ふわり、ふわりと空から白い雪が舞い降り始める。そういえば今日の天気は雪だったか。

「それから、勿論ここを出る時にはフィアも連れていけ」
「……言われなくとも」
「もう2度と、フィアを悲しませるな」

しんしんと降り出した雪と空気の合間を塗って、鋭いカトルの視線がクラサメを刺した。真っ直ぐに。
なんとなく、その意図を感じ取った彼はそっとフィアの腰を引いてテラスの入り口へ向き直った。クラサメの肩を支えながら、フィアも同じように入り口に歩みを向ける。

「馬鹿な男は、私1人で充分だ」

互いに支え合い、今まですれ違っていたのが嘘のように、ゆっくりと歩む2人の背を横目にカトルは呟いた。
小さな彼の呟きは、真っ白な雪に溶けて誰にも聞かれることは無かったけれど。




*




ルブルムの地を踏むのがとても久しく感じたのはきっと気のせいではない。
ミリテスよりは暖かい、懐かしい空気に彼は安堵の息を吐いた。対する彼女は少し不安そうに、表情を曇らせていた。

「クラサメくん、わたし……やっぱり」

朱雀には戻れない。
言い掛けた言葉はクラサメに抱き寄せられたことで遮られた。

「あの日、フィアの任務は私と同じくイングラムへ攻撃を仕掛ける0組の補佐になっている」

クラサメとフィアが対峙した日だ。
不安と罪悪感に揺れるフィアの瞳を真っ直ぐに見つめるクラサメ。

「おまえは、私が守る」

凛としたクラサメの低い声がそっと耳に響き、抱き締められた彼の胸から聞こえる鼓動に自然と不安が拭われていく。
クラサメの肩越しに映った魔導院を見てフィアは1度目を閉じた。

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