V(3/7)

*



蝉の鳴いていた季節はいつの間にか終わり、少しひんやりとした風が目立つようになっていた。ルブルムより北に位置するミリテスは全体的に寒気が長い。

白で統一されたこの部屋に通い詰めて、否、ほぼ籠りきっているの方が正しいだろうか。一月は時が過ぎていた。
彼女自身は時間の流れなど気にする余裕は無いのだが、毎日のように心配して様子を見に来る男が徐に呟いていたのだ。

「今日は朝食も取っていないんだろう?昼もだ。夕食くらいはしっかり取れ」

フィアは無言でカトルの言葉を受け取った。確か数年前にも似たやり取りをしたような気がする。一瞬そんなデジャヴがカトルの頭を過った。

「……食べたくない、って言ったら。やっぱり、怒りますよね」
「当たり前だ」

ぎゅっと目の前にある自分より大きな手を握り締めたままぽつりと言ったフィアの言葉をカトルはしっかり拾っていた。

対峙して剣を向けあったあの日、自らの死によりフィアへの償いを図ったクラサメ。彼はフィアの可変銃のエッジを深く深くその身に突き刺した。彼女を強く抱擁することで。

「もう少ししたら、ちゃんと食べます」

そうして彼女に自分の想いを告げ、薄れ行く意識の海の中でフィアの記憶から消えてしまえばいい。自分の存在など無かったことにして、彼女に幸せになって貰えばいい。そう思っていたのだろう。

ベッドに横たわったきりの彼の目覚めを待つフィアは酷く落ち込んでいる様で、そんな彼女を毎日見ているカトルもおのずと心が痛かった。同時に、彼女にそんな思いをさせている目の前の馬鹿な死神を殴って叩き起こしてやりたい気分にもなったり、ならなかったり。

「だから、もうちょっと……」

ぎゅっと、その馬鹿な男の手を強く握るフィア。そしてそんな彼女を横で見つめる、カトル。自分のそんな存在位置が妙に滑稽に思えて彼はふっと自嘲した。

元はと言えば自分も十分馬鹿なのだ。
ルシの攻撃からフィアを守る為に迎えに来たカトルが目撃したのは互いに想い合い、好き合っているはずの2人が刃の切っ先を向け殺し合おうとしている姿で。

明らかに一瞬、氷剣を奮うのを遅らせた馬鹿な男がその身に彼女の刃を沈めた時に、彼の中で何かが填まったのだ。
気が付けば自分も馬鹿な男の1人になっていて、1番助けたくもない相手を自分の愛機にフィアと共に詰め込んでいた。

「馬鹿なものだな、こいつも」

そして、己自身も。

「クラサメくんは、悪くないです。わたしが……悪いのは、わたしなんです」

愛しているだろう人の体を自らの剣で貫いたのだ。勿論フィアのショックも計り知れない。そしてその愛する人物も一向に目覚める気配を見せないのだ。
わかってはいるがやはり彼女の落ち込む顔は好んで見たいとは思わない。

「何にしろ、食堂の時間もあるだろう?何かあればすぐにお前を呼ぶ。だからフィアは夕食を取ってこい」

ぽん、とフィアの頭に手をつく。
見上げてくる彼女の顔はあまり納得がいっていないようだけれども。

「でも」
「命令だ。行ってこい」

渋々と言ったようにフィアはクラサメの手をそっと離して立ち上がる。カトルがここまで引かない時は大人しく従った方が良いのだ。

「クラサメくんに何かあったら……」
「ああ、すぐに知らせる」

横たわるクラサメの顔を見て視線を落とし、フィアは彼に背を向けカトルの横を通り過ぎようとした。その時だった。

「っ……!」

ぐっと、なんて力強いものではなくて。その音を言葉で表すならばくんっとした小さな力。

「クラ、サメ……くん?」

フィアの服の裾を彼の手が掴んでいた。
大きなその手に似合わない、小さなか細い力で。

「っクラサメ、くん……!?」

すぐに踵を返したフィアはクラサメの元に駆け寄り、彼に呼び掛ける。

「クラサメくん、クラサメくん!」

彼らが対峙したあの日、必死で彼の名を呼び続けていたフィアを見つけた時のような錯覚。
諦めと言うのは、案外強く決意したり胸に誓ったりしなくても簡単に出来るもので。決意の下、誓いの下の諦めより「ああ、無理か」あっさりとそう思う瞬間。それが本当の意味での諦めなのではないかと思う。

ずっとずっと叫んでいた、その名を今も懸命に呼び続けているフィアに。カトルは静かに、息を吐いて部屋を後にした。

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