U(2/7)

「馬鹿か……あいつは」

動かなくなった小さな2つの影をコックピットの中央に捉えながら、カトルは舌打ちを洩らし機体を降下させた。







*



蝉が鳴かなくなってどれくらい経つだろうか。多分そう問い掛けて返ってくる答えは然程大きな数字ではないだろう。

朱雀、白虎。
長年に渡り続いた戦いに終止符が打たれたのは、思ったよりも呆気なく。そして人の命も呆気のないものだった。

――秘匿大軍神。
白虎の戦力は朱雀の予想を遥かに上回るものだった。懸念されていた密偵による情報の横流し。それにより朱雀の思惑は全て皇国に筒抜けており、先の戦いで戦力を温存していた皇国が持ちこたえ、あわよくば皇国の勝利かと思われた時。

朱雀乙型ルシ・セツナ卿の判断によりそれまで禁忌とされていた軍神、アレキサンダーの召喚が行われた。

大地を轟かせ、空を斬り、アレキサンダーの聖なる光は温存されていた皇国の兵をいとも容易く消し去った。
しかし、軍神の召喚によりルシ・セツナ卿のみならず朱雀は多くの候補生の魂までもを犠牲とし、白虎、朱雀共に戦える状況では無くなっていた。


イングラム背後へ攻撃を仕掛ける少数部隊を率いていた朱雀0組指揮隊長クラサメ・スサヤと補佐官のフィア・サキトは任務遂行中、敵として現れた白虎の密偵と剣を交えることになり、0組の部隊3名と彼の相棒トンベリを先に進ませ、その後の2人消息は不明とされていた。

一方、密偵フィア・サキトにより得た情報、イングラム背後を狙った少数部隊の殲滅の任を受けていた皇国軍准将カトル・バシュタール。同じく少数部隊の排除を任されていたフィア・サキトの2名は朱雀によるルシの攻撃を回避するため、カトルの操縦する魔導アーマーにより撤退を余儀無くされた。


軍神を率いた命懸けの戦いから数日。
ミリテス皇国元帥シド・オールスタインと朱雀174代院長カリヤ・シバル6世による会談が開かれ、終戦へ向けた協議をして行く為の一時的な休戦協定が白虎、朱雀の間で確立された。


「でも……皮肉なものだね。せっかくフィアくんが帰ってきたと思ったのに。今度はクラサメ君まで行方不明だなんて」

クリスタリウムの綺麗に陳列された本棚の一角。そこから繋がる研究室で部屋の主であるカヅサ・フタヒトはビーカーを両手に呟いた。

「皮肉なもの、なんてやめてよ。……それにまた、フィアも行方がわからない」

実験器具や資料が散らかった簡素なテーブルの前に座るエミナ・ハナハル。カヅサは彼女の前にビーカーの片方を置き、自分はそのテーブルに凭れた。

「クラサメ君たち、早く帰って来ないかな……まだ2人に協力してもらいたい実験、たくさんあるのに」
「記憶があるってことは、2人とも死んでない。……ねえ、カヅサ。この会話」

ビーカーに淹れられた黒い液体の表面を見つめながらエミナは言葉を止めた。珈琲だろうか、薄いガラスのこの実験器具に淹れられているととても不味そうに見えて飲む気にはならない。

「そうだね。なんか懐かしいな〜」

けれどそれはもう、幾度となく出されてきた珈琲だった。

「帰ってくる、よね。あの2人だもの」

切なる願いのように、エミナは呟いてガラスのビーカーに手を伸ばす。
隣でテーブルに凭れ黒い液体を口にしていたカヅサもそんな彼女の行動を見て少しだけ笑みを浮かべ。

「桜が咲いたら、帰ってくるよ」

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