暖かな太陽が照らし出したのは、無情にもお互いの姿だった。
「やはり、か」自嘲気味に小さく呟いた声は金属のマスク越しに彼女に届くことは無かっただろう。
酷く驚いた表情で、フィアは硬直した。
表情は伺えない、が、決して遠すぎない距離。何もない広い大地にポツリと立ち尽くす2人。
「なん……本陣で、指揮を取るんじゃ」
絞り出すように出したフィアの声は少しだけ掠れていた。
与えられたお互いの距離のようだった。
顔はわかるのに、表情が伺えない。
言葉は伝わるのに、手は届かない。
「言い忘れていたな。今回は私も前線で戦う、と」
フィアは手にした可変式の銃のグリップをぐっと握った。
「この作戦は大々的に公表されていない内密なものだ。勿論、把握しているのも作戦を実行する3人と指揮官、カリヤ院長を含めた数名。そして……」
枯れた大地に、蝉の音が響く。
「フィア、君だ」
真っ直ぐなクラサメの碧い視線がフィアを捉える。
昨日0組の教室でフィアがクラサメに告げられた作戦内容は任務を遂行するメンバーにもギリギリまで伝えられず、信頼出来るごく数名の上官や武官にのみ伝えられた内容だったのだ。
そして今、その任務の最中に0組の前に立ちはだかった彼女こそが。
「君が、やはり朱雀の情報を皇国へ洩らしていたんだな」
遠くで交戦する爆発音や金属音が微かに聞こえてくる。先ほどの3人とトンベリが皇国兵相手に戦っているのだろうか。
「そっか、バレてたか……」
クラサメの真っ直ぐな視線に堪えきれずフィアは顔を俯けた。震えそうな唇を噛み締める。
「わたしね、約束したんだ」
遠い昔、彼とも約束を交わしたのだが。
「カトルさんの、傍にいるって」
いや、あれは約束だったのだろうか。
色褪せたページをいくら読み返してももう、わからない。
「わたしを救ってくれたカトルさんの、役に立つんだって。だから……」
こんなにすぐ近くにいるのにいつも君への叫びは虚しく空気に消えるだけで、幾ら叫んだ君の名も、もう綺麗な声で呼べないよ。
「クラサメくん、あなたを、この先へ通すことは出来ない」
可変式の銃のエッジを振り出した。
太陽が僅かにエッジの刃に反射して、きらりと光った。
0組の3人は既に先に通してしまったけれど、彼は、彼を、クラサメだけは通すわけにはいかなかった。
「演習でも、戦った事はなかったな」
日の光を受けて氷剣もクリスタルの様な輝きを放っていた。その鋭利な刃の切っ先を、決して向けたことはない相手へと、静かに突き出した。
碧い視線と、漆黒のそれが対峙する。
「「っ……!」」
遠いようで近かったお互いの距離を、一瞬で詰めた。蹴飛ばした地面が寂しげに砂を走らせ沈黙する。
皮肉にも、それはどんなに思っていても詰められなかった彼らの心の距離に似ていた。
キンッと嫌な音を立ててエッジと氷剣の刃が擦れる。力では敵わないフィアは鍔迫り合いを避けて素早く身を翻す。
「はっ!」
少し離れて片膝を地面に付きながらトリガーを引いた。重たいショットシェルがクラサメ目掛けて放たれるが、彼はものともせずに弾全てを凍らせる。ゴトリと凍った銃弾が砂の大地へ落ちた。
すぐに彼は氷剣をフィアへ向け、彼女はその刃を後ろへ押されながらエッジで受け止める。
「っ……!」
劣勢から脱しようとフィアは片足をクラサメへ振り抜いた。そう重たくはない蹴りが彼の脇腹へ入り込もうとする。
けれど反応の良いクラサメは片手でそれを受け止めるどころかフィアの足首を掴んでしまう。
「っはな……」
足首を空中で固定されたまま、フィアは地面に着いている足を思い切り蹴り上げた。半ば捨て身でクラサメの腕を狙うと呆気なく足首が解放される。
少し離れた場所に着地して、すぐに可変式の銃を構え体勢を低くして走り出す。
クラサメも氷剣を掴み彼女目掛けて刃を傾けた。
空いた距離をまた瞬間的に詰め、その身目掛けて互いの切っ先を向けあった。
「っぅ……!」
しっとりと、冷たい刃が皮膚を裂いた。
肉と肉の間を躊躇いもなく突き進み、ひんやりとした感触が伝わって。
目が覚めるような真っ赤な鮮血が、ヒラヒラと散る桜のように舞った。
鮮やかな大地に、重なる2つの蝉の声
皮肉にも、それは決して埋められなかった彼らの心の隙間によく似ていた。
Continued.