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――『最ッ悪』
そうどこかのルシが嫌悪感たっぷりに吐き出していた気持ちが大分よく理解できた気がした。
乾燥して埃まみれだった旧訓練場の空気は今頃湿気が出来て過ごしやすいのでは無いだろうか。どうにも、二度と近寄りたいとも思わないが。
「……か、カトル、じゅん、しょ」
か細い男の声がして、自分の今の格好など気にする余裕もなく振り返った。
「貴様か」
素顔を見るのは久しかった。
澱みを知らない無垢な蒼い瞳が最後に見た日より青ざめて見えたのは私の気のせいだろうか。
「始末はわかっているな?」
「は、はいっ……勿論、です」
カタカタと小刻みに何か音が聞こえる。
ああ、外は雨が降っていたんだ。
廊下の窓ガラスから見えた曇天の空からは淡々と沛雨が叩き付けられていて。
「じ、自分は……自分はそれから」
「ご託はいい。さっさと行け」
男が敬礼をして視界から遠ざかる。それと共に今まで聞こえていた小刻みな雑音も遠ざかる。少し鉄臭いグローブ越しに自分の手を堅く握る。
「フィア……」
こんな手でフィアに触れる訳にはいかない。それにまだ野暮用も残している。
今頃彼女は悪夢に怯えながら眠っているだろうか。早くこの腕で震える彼女を抱き締めてやりたいのだが。
サクラが咲くまであと少し、
どうか悪夢を見ないようにと、彼を
部屋に戻るにはまだ少し、
長い針が必要そうだ。
*fin*