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その後、少しだけぎこちなくなりそうだった空気はカヅサのおかげで綻んだ。
軍令部長が育毛剤を早く開発してくれと頻繁に催促に来るらしい。カヅサにも一応1日のノルマと言うか実験の目標があるのに。
幾らか和やかになりながら食事を3人でつついていると、不意に彼がやってきたのだ。

「あれ?クラサメ君」

リフレッシュルームの魔方陣が確認出来る奥側に座っていたカヅサは彼を見るなり声を上げた。次いでエミナも首を捻って名前の持ち主を確認しようとした時。

「あ、ごめん2人共。わたし昼食の後に院長室に呼ばれてるんだよね」

ガタッとフィアは立ち上がった。
まだ半分以上残る半熟のそれ。

「え?でもフィア君まだ全部……」
「なんか今日食欲無くて。捕虜になってた間少食になっちゃったのかもね」

小さめの声で2人を茶化すよう早口に言い、トレーを持ち席から抜けるフィア。
こちらに向かって来たクラサメと目が合う。彼はフィアの持つトレーに視線を落とし何か言おうとしたのだが。

「せっかく誘ってくれたのにごめんね、カヅサ、エミナ」

それより先にその場を後にするフィア。
表情は冷たいマスクに隠されて見えないが、彼の口元は今寂しげに歪んでいるのではないだろうか。

「どうしたんだい、クラサメ君」

その言葉にはいろいろな意味が込められているのではないか。クラサメは言葉の真意を見ないことにして口を開いた。

「エミナ、話があるんだ」
「私に?」

フィアのいなくなった方を見ていたエミナは顔を上げてクラサメを見た。
空になったサラダの器にエミナの手にしていたフォークが沈む。

「悪いが、場所を変えてもいいか?」

なんとなく、雰囲気を感じ取ってしまえるのは昔馴染みの付き合いからか。それが良いことなのか、悪いことなのか。今の彼らには判断がつかなかった。



「で、話って?」

カヅサと別れ、クラサメとエミナは0組の教室から続く裏庭に来ていた。
候補生たちは大掛かりな演習に参加しているため辺りは静か。クラサメもエミナもたまたま演習の指揮官からは外されていた。

「2組のミッションのことなんだが」

やっぱりか。
そんな苦笑を浮かべてエミナは腰に手を置いた。クラサメの次の言葉を待つ。

「……フィアに、ミッションの内容を白虎へ横流しにしたのは彼女じゃないかと言う、疑いが掛かっているんだ」








咲かないサクラの葉が揺れた。
さわさわと、音を奏でる。
吹いた風に従ってエミナのポニーテールも揺れていた。顔に掛かった前髪を少し横に避け、彼女はクラサメを見つめた。

「うん、それで?」

落ち着いた彼女の声は静かな裏庭に染み込んだ。何かを見つめ、表情の確認出来ないクラサメは小さな溜め息を吐いてからエミナの視線を受け取る。

「フィアの、行動を見ていてほしい」

彼が見つめていたのは咲かないサクラの木だった。数年前、寒空の下この裏庭で制服を身に纏いただ立ち尽くしていた彼と、重なる。
その時もエミナはクラサメへ重い言葉を告げなければならなかったのだが。今回は逆の立場のようだ。しかし、

「クラサメ君が見てればいいじゃない」
「エミナ?」

やはり、今回も重たい言葉を発するのは自分のようだ。何かを吹っ切ったように笑むとエミナはクラサメを真っ直ぐに、真摯な視線を彼に投げた。

「フィアの様子、おかしいよね」

クラサメは咲かないサクラへ視線を一度動かした。
冷たい太陽の陽が燦々と裏庭に降り注いでいる。そんな太陽の光線から遮るように、伸びるサクラの木の枝。青々とした葉が揺れる。

「クラサメ君のこと、避けてる」

視線を逸らされても気にせずに、エミナはじっとクラサメを見つめている。

「気のせいじゃないか。私は別に……」
「フィアのこと、好きなんだよね?」

ほんの僅かだったがクラサメの肩が跳ねた。エミナはクラサメを見据えたまま言葉を続ける。

「昔から、ずっと。今も。クラサメ君。言葉にしなくちゃ、態度で示さなきゃ伝わらないこと、たくさんあるんだよ」

さわさわと揺れる、褪せた葉。
一緒に花が咲くのを見ようと、交わした約束は今でも覚えている。

「クラサメ君もフィアも今までは近すぎて言葉が無くても伝わってたけど。やっぱり、声に出してちゃんと言わないと」

そしてあの日離してしまった手の温もりも、忘れていない。痛いくらい。
蝉が鳴く、雪が降る、花は咲かない。
また蝉が鳴く、雪が降る、花は咲かず。
繰り返してきた、ただ繰り返すだけの四季をどうすることも出来ずに。けれど。

「失ってから、後悔したって何も変わらないことは、……クラサメ君なら痛い程わかってるでしょ?」


何も変わらない日々を、
ただ無情に告げるだけの蝉の声。
いつも耳を塞いでいたのに。

桜の咲かぬ春を何度独りで見送った?
暗い空間に何度君の名を響かせた?
全部全部、君が大好きだからと。

もう一度君の、
笑顔が見たいから縋ったんだ。

咲かせたいんだ、サクラの花を。



Continued..
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