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「フィア!お帰り、待ってたよ!」

魔導院に戻ると日は暮れていた。
すぐに指令室へ帰投の連絡をし、タイミングよく0組がミッションをこなしたと言う報告を聞いた。
撤退に向けての通信を繋いでいたためクラサメとは直接話していない。側にいたタチナミに伝えると「今日はもう休んで構わない」と微笑まれ、少しだけ肩の力が抜けた。

指令室を出て細長い廊下をやや俯きがちに歩いていた時、呼び止められたのだ。
懐かしい声が無情にも胸に突き刺さる。

「……サユ」

まるで講義の終わりに昼食に誘われるような、そんな懐かしい気持ちが沸き上がりつつも止まらない、警鐘音。

「ほんとは院長に紹介された時に話し掛けたかったんだけど、エミナに取られちゃったからさ」

悪びれもなく笑う彼女は多分知らない。
サユとクラサメの関係をフィアが知っていることを。否、知ってしまったことを。

「武官になっての初任務、ご苦労様。心配してたんだよ?」
「うん、ありがとう」

抑揚の無い声でそう言った。
どうしてそんなに普通に話せるのだ。
浮かんだ疑問は先ほど考えた言葉で呆気なく自己解決。知らないんだった。

「フィアがいない間、エミナやカヅサだけじゃなくクラサメ君も心配しててさ」

サユは知らない。
フィアがクラサメと彼女の関係を知ってしまったことを。
知らない、知らない。……違う。

「フィア、改めてだけど。おかえり」

何も知らなかったのは自分だ。


サユになんと返したかは覚えていない。
彼女がいつ自分の目の前から居なくなっていたのかもわからない。ただ気が付いたら廊下でぼーっと立っていた。
部屋に戻りたくない。今戻ったらどうしようもないこの嫌悪感にも似た気持ちが溢れ出してきそうで。

カトルにはまだ何も話していない。
彼も「どうして戻って来た」なんてそんな野暮なことは聞いてこなかった。
その優しさが今のフィアにはとても優しくて、甘えたくなる。カトルの広い胸に抱かれているとほんの一瞬でも安らぐことが出来た。

「カトルさん……」

自然、フィアの足がテラスへ向かう。
風にあたりたかった。息苦しくなりそうなこの肺を、どうにかしたかった。


ルブルム地方が一望出来るテラスには時間帯の所為もあり人はいなかった。
冷たい空気が感じ取れて、少し頭が冷やされる。屋根の無いそこに行く。

広がる闇はまるで今のフィアの心の内を表しているようで、暖かく包み込んでくれる例えるならばカトルのような太陽は見当たらない。
さっきまで下ばかり向いていた。けれど今度は縋るように上を見上げていて。

「っわ」

何か足に当たったのに気付かなかった。
慌てて足下に視線を投げる。月明かりは薄暗く、しゃがみ込むことでそれが何なのか確認出来た。

「トンベリ?」

ちょこんと立っていたのはモンスターであるはずのトンベリで。よく見てみると朱雀のカラーである朱いマントを羽織っていた。
無意識に呟いたフィアの声でトンベリはゆらりとこちらを見つめてくる。何か語るわけではなく無言でだったが。

「朱雀で、飼ってるのかな?」

月の光を反射して暗闇に煌々と浮かぶ、金色の丸いトンベリの目。手には蒼白く灯るランタン。
蒼白く、蒼、青。

(っ……)

空色のマントがフィアの記憶の底ではためいた。遠ざかる青。小さくなる青。
意識はだんだんと薄れてマントが2重に見えてくる。朦朧とした意識の中で聞こえる、耳をつんざく蝉の声。

「っ……クラサメ、くん……」

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