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何も自分のことを話さない、カトルの話に聞く耳を持たない彼女がぽつりと呟いたその言葉。誰かの名前のようだった。

瞬間その“クラサメ”と言う人物が誰なのか、何なのか、酷く気になり。
とても嫌な気分になった。

相変わらず持ってきた食事を拒む彼女に少しの苛立ちを覚え、つい荒い口調で「何が不満」なのかと聞いた。そんな不満など少し考えれば容易に想像出来る。
具体的なことには答えずただ窓の向こうの、――見えるはずのないルブルムの土地を見つめる彼女に自然と“クラサメ”の名を呟けば。

「朱雀四天王・氷剣の死神、か」

フィアはクラサメが好きなんだろう。
それを理解すると案外自分の気持ちに気付くのは簡単だった。
自分には突っぱねた態度ばかり取るくせに、クラサメと言う人物と一緒にいる時彼女はどんな態度でいるのだろうか。
頬を朱に染め気恥ずかしそうに健気に笑うのだろうか。

「嫉妬」なのか。
単に「好奇心」だったのか。
今となってはどちらでも良くて。

「貴様にフィアは渡さない」

今は「フィア」が、欲しいだけだった。
それにはいつまでも自分の手元に置いておくのは不公平だ。権力や武力を持って彼女を奪うことはきっと容易い。けれど、それはカトルの信条に反する。

「必ずフィアは、」

フィアを朱雀に返した上で、正々堂々と彼女を奪ってやる。闘技場で剣を交えた時のあれは、間違い無くクラサメへの宣戦布告だった。


パラパラと雪が降りだす。
見慣れた光景。
そういえばフィアはいつもこの執務室から窓の外を眺めサクラの木を見ていた。

(狂い咲きのサクラ)

白い雪景色に微かに浮かぶ淡い薄桃色の健気な花は、どこか彼女に似ていて。
ひらりひらりと舞い散る花びらはしんしんと降る雪のようだった。
雪と同化してしまいそうな淡いサクラ。
舞う花びらを眺めて目で追っていると突如、白い雪原に模様が出来。

「っ!?」

カトルは息を詰まらせた。
次いでレザーの黒いグローブが冷たい氷のようなガラスを叩く。

隻眼を凝らし見つめた先のその光景に、
彼は執務室を飛び出した。




*




冷たい。雪が舞う街の外れ。
フィアがわかるのはただ1ヶ所。
いつも執務室の窓から見つめていた狂い咲くサクラの木のある場所だった。

道はわからない。
会える確証もない。
捕まらない保証もない。
だけど居場所を失ったフィアに、朱雀に帰る場所などあるはずなくて。

「っカトル、……さん」

求めたのはカトルの温もりだった。

何もない、何もなくした。
砕けた心を掻き集めるのさえ危うくて。
冷たくて白いこの地が、酷く温かい。

ドサリと倒れ込む。
あたたかい、白に。
はらはらと舞い散る断片は彼女が見たいと願ったそれではなくて、レプリカだけれど。

「……っフィア!!」

名前を呼んでくれた声の持ち主は、レプリカなのだろうか。
悲痛に歪むフィアの表情。
流れる涙が冷気によって冷やされそう。

「カ、トル……さっ」

いいや。こんなに温かい彼の胸が、偽物のはず無いじゃないか。
冷たくて暗い、朱の空間とは違う。

入り込んだ空間は希望を打ち砕き。
叫んだ君の名は虚しく響くだけ。
蝉に掻き消され聞こえない。

砕け散ってしまえばいいのに。
心以外もすべて、粉々に。


「たすけて」



Continued..
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