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さわさわと、
咲かないサクラの葉が揺れた。

「っう、……っ……」

涙が止まらなかった。
握った拳を、叩き付ける。
咲かないサクラの木の幹へ。

わからなかった。
理解出来なかった。
これは夢?
一緒にサクラの花を見ようと交わした約束を彼はもう忘れてしまったのだろう。
共に朱雀を勝利に導こうと、アギトを目指そうと戦った彼女は、どこにいった?

「全部、……ぜんぶ、ぜんぶ……!」


自分の都合の良い妄想じゃないか。
さわさわと揺れるその葉は。
彼女を嘲笑っているのか。


約束だなんてそんな大それた物でない。
たまたまあの時、言葉のあやでそう言ったんだクラサメは。
共に戦うだなんて、死んでしまえば記憶にも残らない関係じゃないか。

「クラサメ、くん、クラサメくんっ」

震えた声が何度も彼の名前を紡いだ。
絶え間無く風に靡き揺れる葉の奏でる音のように。さわさわ、さわさわと。
口癖のようになっていた大好きな彼の名は。彼女を苦しめる最悪の言葉と化し始めていて。


「クラサメ、くんっ……!!」


叫んだ名は、君へは届かず。
暗闇へ、消える。

静かな裏庭にフィアの声が消えた。
止まる、風。
何も返ってこない。ただ静かに、耳をつんざくような静寂が佇んでいて。
自分の居場所は朱雀にはもう無い。
“孤独”なのだと突き付けられる。

包み込むように広がるサクラの木の枝や葉も、この暗闇では空に浮かぶ大きな雲と大差ない。



――せっかく助かった命なんだ。少しくらい大事にしたらどうだ

……嫌だと言ったら?

最初に言っただろう?その顔に産んでくれた両親に感謝しろ、とな

おまえは強情だな

そんな顔をするな……おまえをそんな顔にさせてる奴は、どんな奴なんだろうな




誰か、救い出してくれれば。

「カトル、……さん?」

サクラの葉がさわさわと揺れる。
あの日感じた生温い風が吹いたような感覚に陥って。
クラサメとサユに見捨てられたあの日、自分を助けてくれたのは誰だ?
食事を拒み続けたにも関わらず、ちゃんと食べるように促してくれたのは?
寒かった体を暖めてくれたのは?
荒んだ心を抱き締めてくれたのは?

皇国兵に強姦されかけたあの日、折れそうだった心を決して見放さず、守ってくれたのは誰だ?

「カトル、さん」


これは、夢?
誰でもいい、誰か、悪い夢だと。

「たすけて……、カトル、さん――」

サクラの木は、何も答えなかった。




*




朝。
いつものように軍令部には各クラスや主要の武官達が集まり、朝のブリーフィングを行っていた。
全体を指揮する代表武官がブリーフィングを終わらせる言葉を発した直後、ギィっと開いた扉に一斉に視線が集まった。

「おはようございます」

入って来たのはカリヤだ。
朝のブリーフィングにカリヤが来るなんて珍しい。黙って聞いていたクラサメやエミナも「何かあったのではないか」とカリヤに注目する。

「昨日はご苦労様でした。0組の活躍のお陰とはいえ、被害を抑えられたのはここにいる皆の懸命な判断あってこそでもありました」

0組が来る前まではここにいる武官や隊長の指揮するクラスの活躍もあった。
皆で死守した、魔導院なのだ。

「そして、早くに0組を呼び寄せる決断を出来たのは彼女のお陰でもあります」

彼女、と言ってカリヤはすっと後ろを振り返る。カリヤに気を取られてその後ろに誰かいた事には気付いていなかったクラサメやエミナ。勿論他数人の武官も。

「……っ?」

クラサメは、息を飲んだ。
思わず、目を丸くする。

「彼女には朱雀からの密偵として、長い間白虎でその動向を探って貰っていました」

クラサメから離れた位置に立っていたエミナもその顔を驚きの表情に変えた。

「任務を全うした彼女には、また今日から魔導院の武官として共に平和を目指し戦って貰います、フィア」

フィアは、嬉しそうな笑みを浮かべて一歩前に出た。

「フィア・サキトです」

名前を聞いて、クラサメはもう彼女から目を逸らせなかった。

「フィア!?フィア、なの?」

我慢出来ずエミナは彼女へ駆け寄った。
エミナのそんな行動に驚きもせず、フィアは肩を掴んできたエミナを宥めた。

「エミナ……ただいま」
「フィアっ、フィア……!」

ぎゅうっと、エミナは全身で彼女を抱き締めた。待っていた、再会の時を。
共に候補生時代を戦った戦友との再会。
フィアも嬉しそうにエミナの背へ腕を回した。温かい、エミナの温もり。

そんな2人を少し離れた場所からただ傍観するしか出来ない彼は、逸らしたくてもそう出来ない視線を彼女に向けたまま複雑な気持ちを抱えていた。
エミナの背中、そしてその肩越しに見える、―――フィアの顔。

フィアの視線が、ゆっくり、

「っ」

クラサメのそれと、交わった。

時が一瞬だけ止まった様な、他の武官が消えて今この空間に彼女と自分しかいないのではと錯覚する様な、一瞬の目眩。
少し大人びたフィアは穏やかに、クラサメに微笑みかけた。
けれど何か、その笑みを純粋に受け取ることが出来なくて。それは自分に後ろめたい気持ちがあるからか、彼女が何かおかしいのか。


「良かったね、クラサメ君」

考える時間など与えては貰えず、クラサメの胸にレプリカが突き刺さった。

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