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「……なるほど」

ローブのフードを外した彼女を見るなりカリヤはそう呟いた。
一瞬その双眸が大きく見開かれ、ゆっくりと閉じられる。
緊張した面持ちで、フィアはそんなカリヤを見つめていた。

思えば、ここに呼ばれる時はいつも緊張していた。滅多に訪れることなど無い、ましてや自分の意志でやってくる場所でもない。そこに今、彼女は自分の意志で1人で立っているのだ。

「カリヤ院長」
「わかっています」

事情を説明しようとしたその言葉は遮られゆっくりと頷かれる。もしかしたら自分の事を覚えていてくれたのだろうか。

「朝から胸騒ぎがしていたのは、こういう事でもあったのですね」

背の高い窓の向こう、薄水色の空に、黒い斑点が見えた。
自分の目的を思い出す、ゆっくりとカリヤとの再会を喜ぶ時間は無さそうだ。

「院長、皇国軍は……」
「国境付近の部隊から話は聞いてます。彼らの目的は……」

カリヤは言葉を切って目を閉じた。考えているのだろうか。
魔導院のトップの彼でさえ、正確な状況は良く解っていないようだった。

「彼らの目的は、魔導院を降伏に追い込むことです」

閉じられていたカリヤの瞳が開く。
しっかりとその瞳はフィアを見つめた。

「魔導アーマー部隊がここに向かっています、洋上から魔導院を制圧するつもりなんだと思います。すぐに、魔導院の守りを固めて、なんとしてでも此処を死守しないと……!」

フィアはふっと、肩の力を抜いた。

「わたしの言葉を信じるか、信じないかは院長の判断にお任せします。今となってはわたしは魔導院の候補生ではありませんから」

時計の役割を果たしている、窓枠の向こうを見つめた。

「貴方の望みは、いいのですか?」

カリヤの声に、フィアはふっと柔らかく笑った。

「この戦いが、終わってから」

一度、姿勢を整えて背筋を伸ばす。
しっかりとカリヤの目を見据え、フィアは低い声で静かに言った。

「1組第09班、フィア・サキト、ただいま戻りました」








朝から院内は落ち着いていなかった。
明るくなり始めた辺りに漸く詳しい状況が武官達に伝えられ、自分も急遽新しいクラスを指揮することを伝えられた。所属する候補生達の顔もわからなければ情報も無いに等しい、本当にあるのかさえ疑わしいクラスだったが。
正直彼も半信半疑、その時間が来るまで他の兵士の指揮を取っていた。
一般兵が彼らに連絡手段のCOMMを渡した時点で、彼は正式に0組の指揮隊長となる。

「0組……」

まさかあの空き教室が、使われる日が来るなんて。
そうしてその組の部隊長に自分が抜擢されるなんて。

クラサメは自嘲気味に笑みを洩らし、裏庭を去った。



*



「クラサメ士官!」

闘技場に皇国軍の魔導アーマーが着陸したと聞かされたのは先程だった。
一機だけだったがパイロットの腕は相当の物らしく、一般兵や候補生では太刀打ちが出来ないと。
慌ただしく行き来する兵士や候補生の合間を縫って彼は通信室に向かっていた。そこで1人の朱雀兵に呼び止められる。

「どうした?」
「闘技場にいる白虎の男が、クラサメ士官を呼んでこいと……」

大きく肩を上げ下げして話す兵士の様子から、急いで自分を探しに来たのだと言うことがわかる。

「私を?」

しかし理解できない部分があった。
白虎に知り合いなどいない。ましてや相手は敵だ。

「はい……すぐに来いと」

何も心当たりがなければ無視していたかも知れない。しかしその瞬間、クラサメの脳裏にゆっくりと、フラッシュバックする彼女の笑顔があった。

「……わかった。すぐに向かおう」
「クラサメ士官!?」

彼の言葉には伝えに来た兵士自身が一番驚いたようで。

「あの、これは、自分の個人的な意見なのですが。……怪しいです。わざわざクラサメ士官が出向かなくとも、誰か代わりの者を向かわせても……」
「相手は私に来いと言ったのだろ?」
「そ、そうですが……」

碧い瞳が細められた。

「なら、私が行く以外に手段は無いだろう?」

彼はゆっくりと踵を返し、闘技場への道のりを歩み始めた。
噴水前広場のスロープ横の桜の木。
上空から撃ち落とされる炎の塊が、それをゆらゆらと燃え上がらせていた。


Continued.
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