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ひらり、



窓の外はすっかりと雪化粧。
今までは候補生時代の制服を身に付けていたフィアも、さすがにそろそろ限界を感じたのか。カトルに頼んで適当な服を貰い、それを身に纏っていた。
空色にはためいていたそれは用を為したのか、丁寧に折り目が付けられている。

「外に、出てみるか」
いつもの様に彼の執務室で窓の外の狂い咲きするサクラを眺めていた時だった。
不意に言われたそんな言葉。
カトルから外に出るかと言われるのはここに来てはじめてかもしれない。

「さっむいですね……」
「あまり長居はするべきではないな」

吐く息はすぐに白く舞い上がり、静かな空間に溶けていく。フィアは黙って目前にあるサクラの木を見つめていた。

「フィア」

ふと、白い空間にカトルの声が響く。
吐き出した息のように、それは静かに広がり、じんわりと消える。フィアはカトルに視線を向けた。

「朱雀に、……帰りたいか?」
「え?」

弾かれたように目を見開いた。
カトルはじっと此方を見ている。
それは勿論、決まっている。けれど言っていいものか。フィアは迷った挙げ句に口を開いて白い息を洩らした。

「そりゃあ……帰りたくない、と言ったら、嘘になります」

クラサメくんにもう一度会いたい。
フィアが切に願っていることだ。
カトルの視線に堪えきれず、フィアは視線をサクラの木に戻した。

「今更、わたしが戻ったとしても。何の戦力にもならないだろうし、受け入れてくれるかもわからないけれど」

目を閉じる。
瞼に浮かぶのは、あの日のままの君。

「戻れるなら」

あの日に戻りたい。
カトルは「そうか」と一言だけ返し、フィアを背後からそっと包み込んだ。





ひらり、



ひらり、ひらり、と夜道に舞う。
薄く色付く桜を身に受けながら、クラサメはスロープを歩いていた。
すっかり暗くなった空は藍色に姿を変えて、世界を飲み込む。彼もまた、そんな空を見上げてはその広さに飲み込まれそうになる。

「……8年、か」

誰もいない噴水前広場。
噴き出す水の音が静かな空間に消えては響き、消えては響きを繰り返す。
螺旋に終わりなく繰り返されるその音を聞いていると、なんだかその連なりにも飲み込まれてしまいそうで。
彼は深く息を吐いて院内へ入った。
スロープの桜はもう、目に映さずに。

コツ、コツ、と自分の足音だけがエントランスホールに広がる。自室には向かわずに、なんとなくその足はある場所に向かっていた。
もうすぐ使われるだろう教室を抜け、今年も彼はこの場所で静かに待ち続ける。
無機質な金属のそれに覆われた彼の口元は、どこか哀し気に歪んでいた。
吸い込んでしまいそうな空からまるで彼を守るかのように、太い幹を携え根を張り、広い腕を伸ばすその樹木。

「フィア……私は、」

桜の咲かぬ、季節は今年も訪れて。
待ち続ける彼を優しく突き放す。

「君を……」

言葉の先は決して紡げない。
汚れてしまった腕では彼女を抱き締めることは赦されない。

もう一度ゆっくりとサクラの木を見上げて、クラサメはそっと瞳を閉じた。


「……今年も、咲かない、か」


咲かないサクラの木が花をつければ、
君がここに帰って来るような気がして。

淡い期待を秘めて訪れる、皮肉な春に。
毎年絶望と言う名の花を贈られるんだ。






Continued.
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