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ひらり、



「カトルさん」
「なんだフィア?」

ミンミンと煩わしい蝉の声を耳に入れながら、執務を行うカトルにふとフィアは呼び掛けた。
カトルの執務室は年中過ごしやすい適温に保たれているのであまり暑さは感じない。そのため夏が来たのだと言う実感はあまり湧かないのだが。

「そういえば、古い訓練場で倒れてるのを見つけてもらった時」
「……」

カトルの手が止まる。

「わたし、あの時なんであんな場所に行ったんでしょうね。道、解らないのに」

呟いてから不思議そうに窓の外の景色を眺めるフィア。確かに、彼女は執務室からほとんど外に出てはいない。
ここの地理や構造など彼女はまったく知らないのだ。

「あまり気にするな。誰かに無理矢理連れてこられたんだろう」

そう、誰かに連れてこられた。
フィアには訓練場でああなる前から定期的に誰かに外に連れていって貰っていたような記憶があるのだ。

「そう、誰かにあそこまで連れてこられたような気がするんですけど」

「誰だか思い出せないんですよね」とやはり不思議そうに首を傾げるフィア。
知っているような、知らないような。そんな難しい表情のカトルはペンを完全にデスクに置き、窓際に立つフィアの背後へ歩んだ。

「無理に思い出す必要は無い。お前にとっては、……嫌な記憶だろう?」

苦々しくそう言い、後ろからそっとフィアを抱き締める。フィアは肩越しにカトルを見てから、眉を下げて笑った。

「ん……そうですね」
「悪い。愚問だったな……」

そんなフィアの表情が悲し気なものに見えたのか、カトルは黙って彼女をぎゅっと強く抱き締めた。

ガラス1枚隔てた向こう側。
青々と生い茂る緑の下、目覚めたばかりの蝉たちが、またあの忌々しい季節のはじまりを告げていた。





ひらり、



「結局、卒業してもみんな魔導院に残るのよね」

真新しい武官の制服に身を包んだエミナがやれやれと言った。

「えー、でも2人は同じ任務に着くことはあるかもしれないけど、僕1人仲間外れじゃないかい?寂しいなあ」

1人だけ武官用の制服ではなく、白衣を身に纏っているカヅサ。彼は武官ではなく武装研究の方へ配属を志願したのだ。

「まあ、同じ任務に回されることはあるだろうが、頻繁な訳でもないだろ?」
「そうよね?だからあんまりクラサメ君と関わることも無いと思うけどなあ」

落ち込むカヅサを前に、意外と2人はあっさりとした態度のようだ。

(フィア君がいたら、クラサメ君ももう少し違ってたのかな)

そんなたられば話を浮かべる自分に呆れたのか、カヅサはそっと自嘲した。
不意に院内放送を知らせるアナウンスが鳴り、クラサメが名指しで院長室へ呼び出される。彼はエミナとカヅサに軽く断って院内の扉へ消える。

「でも、クラサメ君が残るのは意外だったかもなあ」

クラサメが院内へ入っていったのを確認すると、カヅサはぽつりと呟いた。

「どうして?」

腰に手を当てたままエミナがカヅサを見て問い掛ける。彼女もクラサメの決断には少し意外性を感じたようだったが。

「あまり良い思い出じゃないだろう?フィア君の……とか、ね」
「ああ……」

成る程、と言ったようにエミナも黙り込んだ。彼女の考えて居たこととなんとなく同じだ。

「……フィア君、戻ってこられたらいいのにね」

カヅサの言葉は暖かな春先の空気へ儚く浸透していった。

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