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サクラの咲かぬ季節は巡り
君の消えた最初の季節がやって来た

「クラサメ君!」

隣で笑うのは君じゃない
レプリカで出来た剥製で

「っ頼む、見逃してくれ……!」

血に染まる手は相変わらず
もう何とも思わなくなった

「クラサメ君、大丈夫かい?」

心配してくれる彼らの言葉も
荒んだ傷口には染みて痛い

「あんた、氷剣の死神……!!」

死神に取り憑かれたるままに
命の息吹を消し去って
君が消えないよう
血で塗みれた汚い手で

「っぁん、クラ、サメっ、君……!」

君ではない傀儡(くぐつ)を抱いて
空いた隙間を埋めた

ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン

咽び鳴く蝉の鳴き声が
酷く心を苛立たせて

ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
ミーンミンミンミン
ミーンミンミ

まるで自分の息を絶つように
目障りな彼らを凍て付かせ

けれどどうしてだろう
幾ら喉の渇きを潤しても
幾ら赤い雨を浴びたとしても
幾ら傀儡に欲を吐き掛けても
幾ら彼女の喉に噛み付いても


何一つ、満たされない―――


この忌々しい季節に終わりを告げる
嗄れた蝉の声すらも
もう心に響かない





***





「カトルさん?」

不意に目前に立った湯気に驚いて、フィアはカトルを見上げた。差し出されたマグカップから白い蒸気が上っている。

「そう窓に張り付いてばかりでは、冷えるだろう?」

カップを受け取る。
中身はココアだった。
カトルに引き取られて早いものでもう、1年が経っていた。正確には1年と数ヶ月。今はまた、寒さの厳しい季節だ。

「ありがとうございます」

にっこりと笑うと頭を撫でられた。
カップの中のココアを一口含む。仄かな甘さと暖かさが咥内に広がり、飲み込むと体の中心が暖まるようだった。
フィアはふと、もう一度窓の外の景色を視界に入れ、カトルへ問い掛けた。

「カトルさん、あれ、あの木」

フィアが指差す先をカトルも目だけで追い掛ける。そこにはこの時期に似つかない、薄桃色の小さな花を携えた樹木が毅然として立っている。

「サクラの木か」
「あれ、サクラなんですか?」

真っ白い雪に同化して見間違えてしまいそうな桃色。けれどそれは積もった雪ではなく、間違いなく満開のサクラの花弁だった。

「狂い咲き、とでも言うのか。あそこのあの木だけ、春ではなく寒いこの時期に花を咲かせるんだ」
「狂い、咲き」

カトルから視線をサクラの木に戻す。
しんしんと降り積もる雪に耐えきれず、花がポトリと、落ちた。

「普通、桜は夏に芽を付け冬を越して、暖かい春に花が咲くようだが。あいつだけは毎年、狂ったように冬に花を咲かせるな」

彼も毎年見ていたのだろうか。
この窓からあのサクラを。
フィアはサクラの木を見つめ、静かに瞬きをしてもう一度薄桃色のそれを見た。

狂い咲くサクラもいれば、まったく花を咲かせないサクラもいる。どちらもきっと、実らせた花は綺麗なのに。
花が咲かなければ人は見向きもしてくれない。花を咲かせることで人を魅力する生き物、それが彼らなんじゃないだろうか。
フィアは静かに、裏庭の咲かないサクラの木のことを思った。

「クラサメくん」

降り積もる雪の音のように、無意識に小さな小さな声で呟いた。

「………」

けれど、隣にいたカトルにはしっかりとその名前は聞こえている。

「フィア、朝はまだ冷えるだろう?こっちにこい」
「わっ」

ゆっくりフィアを抱き上げて、誰にも渡さないように抱き締めて、額にそっと口付けて、ベッドに下ろした。

「今日は夕方までには帰ってこれる。夕飯ぐらいなら一緒に取れるはずだ」
「ほんとですか?」

ぱあっとフィアの表情が明るくなった。
カトルは満足そうにフィアの頭を撫で、背を向けて扉に向かった。

「いってらっしゃい、カトルさん」
「ああ、いってくる」

彼が行ったのを確認すると、再びフィアはベッドから窓の外に目を向けた。
狂い咲いたサクラの木、いつからそうなってしまったのだろうか。

「クラサメくん、元気かな」


いつから、こうなってしまったのか。


Continued.
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