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「うん……それは、ごめん」

俯いてサユが言った。
昨日の彼女からはとても想像のつかない落ち着いた、少し意外な反応だった。

「でも、あのね、私……クラサメ君に、謝りたくて」

いつだったかも、そんな言葉を聞いた気がする。その時は確か彼女は悪くないんだと言ったような気もしないでもない。
警戒気味にサユを見ていると、ぎゅっと手を掴まれた。

「なにを……」
「ごめんなさい、クラサメ君」

問うより先に謝罪される。
手を掴んでいるサユの手は震えていた。

「フィアのこと……あんな風に」

恐らく昨日のサユの発言のことだろう。
確かに頭に来た。フィアを罵倒するような口振りに、クラサメも頭に血が昇り最終的に武器まで突き付けてしまった。

「諜報部員から、フィアの話を聞いて……私の所為だ、私の所為でフィアがそんなことにって考えたら、頭おかしくなってきて……」

確かに昨日のあの話は正気の人間がする話とは言い難かった。

「もう、訳、わからなくて……あんな、酷いこと……フィアにも……」

クラサメの手にぽたぽたとサユの涙が落ちた。それを拭うでもなく、クラサメは一言静かに告げた。

「もういい。話はわかった」

サユに悪気は無かったのだ。彼女もギリギリのラインを歩いていて、それ故に取ってしまった行動と言うわけだ。
それなら自分と多少なりとも同じだ。

「ううん、良くないよ」

ふと、サユが顔を上げた。
その声につられるようにしてクラサメはサユを見た。

「クラサメ君、辛いのに」

フィアとは違って、よく色のわからない瞳だった。どこか、入り込めない様な。

「毎日毎日、紛らわそうとしてモンスターや残存兵相手に戦ってたでしょう?」

深い深い闇のような瞳に。

「ね、私をフィアだと思って」

飲み込まれないように。

「フィアだと思って、抱いていいよ」

はっとしてクラサメは退いた。

「何言ってるんだ、そんなこと」
「出来るわけ、ない?」

するするとサユがクラサメの大腿へ指先を這わせる。彼の腕を取って、胸を押し当てるように抱き締める。

「ねえ、全部、吐き出していいんだよ」

甘ったるい、サユの声が発せられる。
何故かそれに重なる、フィアの残像。

「クラサメ君、全部1人で抱え込んで」

ぽっかりと空いた心の隙間。
誰も、埋めることは出来なくて。

「つらかったでしょう?」

隣を見ればいつも傍にいたはずの君が。

「もう、我慢しなくていいから」

いつの間にかそこにいなくて。

「ね、フィアって、呼んでいいから」



埋まらない 填まらない 塞がらない
空いてしまった大きな大きな空間

そこから溢れ出る大事な何かを止められなくて、水に例えるのならどんどん蒸発して渇く心。

餓えを満たそうと、喉を潤そうと、どんなに人の血で渇きを潤しても、決してそこが満たされることはなくて。


「っ……フィア―――」




君のいない心が痛くて
詰め込んだのはレプリカで




「クラサメ、君……!」

ギシッとベッドが軋んだ。
シーツに散らばるのはレプリカ。

「んっ……、もっ、と」

レプリカだらけのこの世界で、
本当に正しいものなどあるのだろうか。

「っぁ、んん……!」

仰け反る白い喉、月明かりに照らされる体のライン、全部が全部、君のようで、君じゃない。

「も、……きて」

差し伸ばされた腕さえも、なんの価値もないイミテーションで。

「んあっ、あっ、ぁっ……!」



無様な姿で吐き出した欲望は、
結局また自分を苦しめる楔になり、
もう戻れないのだと、氷の様に笑う死神が可笑しそうに笑っていた気がして。

「フィアっ……」


君のいない心が痛くて
詰め込んだのはレプリカだった



Continued.
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