08(3/3)

サユの豹変ぶりに呆気に取られて何も返せていなかったクラサメも、これにはさすがに頭に血が昇った。ガッと勢いよくサユの制服を掴んで壁に押し付けた。

「フィアの友達じゃなかったのか?」

眼光鋭くサユを睨んだ。
サユは相変わらずクラサメを馬鹿にしたような態度でどこ吹く風。至極ダルそうに答えた。

「友達だよお〜いつも一緒にいたし」
「っじゃあ……どうして!」

語尾が荒くなった。
彼女の言う、偉い人間の下で保護されてるのだとしたら。性的な仕打ちを受けている可能性は無いとは言えない。歳だって若いのだし、可能性は0ではない。
それに先程の男の会話からも、フィアが“お気に入り”であると言われていた。
バラバラの破片がだんだんと繋ぎ合わされていく。

「彼女が……フィアが自分からそんな要求出すわけ無いだろう!?」

半ば自分に言い聞かせている様だった。

「わかんないわよ。女なんて案外根性据わってんのよ」

頭がおかしいんじゃないかと思った。
自分よりサユの方がフィアといる時間は多くなかったか?彼女のことは、サユの方が詳しいはずでは?頭が混乱する。

「男なんて脱いで誘ったら皆断れないんだから。フィアみたいな守ってあげたくなるような顔で誘われたら、ねえ?」

サユの胸倉を掴んでいたクラサメの腕に、するすると彼女の手が這わされる。

「クラサメ君だって、嫌いじゃないでしょ?気持ち良いこと」

嗚呼、今の彼女にはきっと何を言っても伝わらない。クラサメの中の警鐘音がどんどん大きくなる。

「考えてたでしょ?貴方だって、……フィアを、自分の下で仰け反って、自分の与える快感によがるフィアの姿」
「っ……やめろ」

背筋がゾクリと冷え込んだ。

「“クラサメくん”って悩ましげに可愛い声で呼ばれて“もっと”ってねだられて“気持ちいい”って恍惚と言われて」

サユの声がパタリと止まる。
彼女の喉には鋭い氷剣の切っ先が向けられていて、少しでも喉を震わせればきっとそれが触れるだろう。
それ以上口を開くなと言わんばかりに、クラサメはただ黙って剣を構えていた。

――沈黙。
破ったのはクラサメだった。

「出ていけ」

短く、顎ですぐ横の扉をしゃくった。
サユは何も言わず表情の無い顔で壁に背を預けたままクラサメを見ている。
焦れたクラサメがサユの腕を掴んで扉の外に押し出そうとする。

「クラサメ君」

扉を閉めようとした時、僅かに聞こえた自分を呼び止める声。しかし聞いてやる気など更々無かった。
クラサメは黙って扉を閉めた。

「クラサメ君、また、明日」

扉の向こうでサユは病的に微笑んだ。





*





「クラサメ・スサヤ、立ちなさい」

次の日。
フィアがいた時と何一つとして変わらない日常。変わったのは、彼女がいた空間だけポッカリと穴が空いていること。

隊長が入って来るなり言った第一声はこれだった。候補生達がざわめく。
そんな中で指名されたクラサメは黙ってその場に立ち上がった。

「何ですか」

真っ直ぐ隊長に向かう視線に以前の面影は無く、今はただただ冷えきっただけの碧い瞳だった。

「おまえは昨日の夜、どこにいた」

しんと静まった教室に隊長の尋問とも取れる質問が響き渡った。クラサメは顔色1つ変えず、答えた。

「自室にいました」
「ではその前は?」

間髪いれずに問われる質問。
伸びた背筋は揺らがない。
隊長の鋭い視線も、ぶれなかった。

「町外れの森に。皇国の残存兵を排除する依頼を諜報部から受けていました」
「成る程」

ぱち、ぱち、と瞬きが2回。
隊長は組んでいた腕をほどいて溜め息を吐いてまたクラサメを見た。

「クラサメ、おまえに」

一度躊躇い、言葉を切る。
そんな焦れったい隊長の態度をクラサメは全く気にした様子無く見つめる。
そわそわしていたのは同じ1組の候補生たちの方だった。


「おまえに、すぐ近くの町の人間の殺害疑惑が掛けられているんだ」


Continued.
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