07(3/3)

 


「っ―――クラサメくんっ……!!」

涙が、決壊した。





*





予定より早く戻って来ることが出来たカトルは、執務室に入るなりすぐに違和感を感じた。

「……フィア?」

やはりと言うべきか、いつもはひょっこりと顔を出して「お帰りなさい」と言ってくるフィアの姿が無い。
おかしい。何かがおかしい。
この時、不思議とカトルは彼女が「逃げ出した」とは考え無かった。
予測、と言うよりは希望に近かったが。
けれど嫌な予感は拭えなかった。
自然と彼は執務室を飛び出していた。



兵士用のトイレ、射撃訓練場、食堂、風呂、武器庫、ありとあらゆる場所を駆け巡って。

「フィア!」

バンッと冷たい扉をぶち開けた。
初めは何かわからなかった。
理解したくなかったの方が正しいか。

カトルの眉間が寄せられる。
彼の背筋を悪感が走った。

「フィア……!」

今はほとんど使っていないのだろう。埃臭い訓練場の無機質な鉄の床の上。
一糸纏わずぐったりと横たわる彼女を、……フィアを、――見つけた。

「っフィア!……フィア!」

カトルは彼女に駆け寄った。
迷っている暇など無かった。
ぐったりとまるで衰弱しているようなフィアを抱き起こして、呼び掛けた。

「フィア!……フィア!!」
「か……とる、さ」

声は掠れていた。
周囲に散らばるフィアの衣服。何があったかなど、容易に理解できた。
悔しさと未然に防ぐことの出来なかった自分への苛立ちに、カトルの拳に自然と力が籠る。ギリギリと爪が食い込んだ。
それを察したかのように、フィアは。

「カトルさ、ん。……おか、えり」
「っ!」

笑った。
そうして力の込められたカトルの拳にそっと自らの手を被せた。

罪悪感が彼を一気に襲う。
堪らずフィアを抱き締めた。
自分の腕の中に。壊れてしまいそうだった。否、もう壊れてしまっているのかもしれない。だって、彼女の―――。

「カ、トルさ」
「っ何も話すな」

人形の様に象られたその表情に、笑顔と言う名のマスクが貼り付けられていて。
酷く―――、不自然だった。

「……だっ、て」

そのマスクがぐにゃりと歪んだ。
そうだ、そんなものつけなくていい。
そんな気持ちの悪いもの。
そんな不気味なもの。

「フィア」

彼女には、純粋に笑っていてほしかった。

フィアの瞳いっぱいに、透き通った涙が溢れてくる。それは溜まりに溜まってついには止まらなくなった。

「わ、たし……!」
「っ」

ぎゅっとフィアがカトルへ抱き付き手を伸ばした。彼の軍服をキツく握る。

「こわ、……か……っ」

そんなフィアを力強く抱き返す。
ガタガタと震え出す小さな肩に小刻みに震える体。静かに紡がれる声も同じで。

「カトルさ……んっ」
「すまない、フィア。私が」

彼女、フィアは自分が守らなければ。
そう、心の中で静かに思った。
何も纏わぬ彼女の肩に自分の上着をそっと掛けてやり、彼女が落ち着くまでずっと、カトルは彼女の傍を離れなかった。

大事に大事に傍に置いていた捕虜。
ハナから乱暴に扱う予定など無かった。
自責の念に混じり、沸々と煮え繰り返る感情があった。どろどろに煮え滾り、今にも噴火しそうなそれは。

彼女が明日目覚めた時、少しでも爽やかな朝を迎えられるように。

ただ己の剣を、赤く染めればいいだけだ


Continued.
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