06(2/3)

「君、もうずっと外出てないんだろ?」

思いがけない質問にフィアはただ頷いていた。そういえばここに来てカトルと専属医師以外の人間と話すのは初めてかもしれない。

「俺はリューゲ。お節介かもしれないけどさ、もしなんだったらちょっと外の空気吸ってみないか?」
「え?」

フィアは瞼を何度もしばたかせた。
確かに、ここに来てからは外に出してもらった事はなかった。まあ一応捕虜なのだし、自由が約束されているわけではないので仕方がないのだが。
それでもこのリューゲと言う男の提案は少しばかり魅力的だった。

「いくら捕虜たってさ、あんたまだ若いだろ?少しは外の空気吸わないと、気が滅入るだろ」
「それは、そうだけど」

けれど大丈夫なのだろうか。
カトルの留守中にそんな思い切った行動に出てしまっても。考えていると不意にリューゲに手首を掴まれて、気が付けばカトルの執務室から引っ張り出されていた。




*




「寒くないか?」

見張りの兵に見付からないよう、リューゲから手渡された白虎の制服と仮面を被り外にやってきたフィア。
いつも執務室の窓からガラス越しに眺めていた銀世界が、今は目前に広がっている。隔てる物は何もなかった。

「真っ白だ」

仮面を外して声を出すと、それは白い靄になって空間に広がった。

「朱雀の方はあまり雪は降らないのか」
「うん。降っても、こんなにたくさんは積もらない」

雪に覆われた白虎の街はまるで色を失った世界のようで。幻想的で儚かった。
久々に感じた外の空気を、肺一杯に吸い込む。そうするとなんだか心が洗われていくような気がして。

「クラサメくん……元気かな」

終わりの見えない真っ直ぐで真っ白な道をぼうっと見やり、フィアはポツリと呟いた。

「ん?なんだって?」
「ううん、何でもない」

もう一度、自分にさえ聞こえないような小さな声で彼の名を口にする。
零れ落ちた彼の名は、冷たい空間に溶けて消えた。




*




「お帰りなさい」

カトルが帰って来たと同時に、フィアはマグカップを彼に差し出した。

「……どういう風の吹き回しだ?」

やはりと言うか彼はとても驚いている。
執務室に備え付けられていたコーヒーメーカーを勝手に使い、フィアはカトルが帰って来るタイミングを狙ってコーヒーを淹れていた。
この寒い中視察に向かったカトルを素直に労ったつもりだったのだ。

「あ、変な物入れてませんよ?眠らせて脱走しようとか考えてませんからね?」

もしかして疑われたのか。
一応弁解してみるがカトルは「そうではない」とそれを否定した。
そうしてフィアから渡されたカップに口を付ける。ゆっくり一口、口に含んで。

「っ!」

彼は眉間を寄せた。
驚いたフィアは慌てて彼の顔色を伺う。

「え?え?わたし本当に何も」
「フィア、砂糖何杯入れた?」

見た目は真っ黒なその液体。
誰しもがほろ苦い味を想定してそれを口に運ぶだろうに。

「普通ですよ?5杯」
「っぶ、それのどこが普通なんだ」

ひくひくとカトルの口元が引き攣った。
そういえばリフレッシュルームで一度、クラサメにも注意されたかもしれない。
彼の前でミルクを淹れたコーヒーに角砂糖をポチャンポチャンと入れていたら、それを見たクラサメが一言「砂糖、入れすぎじゃないか?」と複雑そうな顔で聞いてきた。
彼も甘党ではないし、どちらかと言うと苦手な部類に入るらしくフィアのコーヒーの飲み方を物珍しそうに見ていた。

「……フィア」

カトルに呼び掛けられ慌てて彼を見た。
すると彼はリフレッシュルームでのクラサメのように、少しばかり複雑そうな表情をしていて。フィアは小首を傾げようとしたのだが。

「そんな顔をするな」

そうするよりも先に、カトルの広い胸にすっぽりと抱き締められた。

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