「っはな、離してください」
少し語気を強めて言ってみる。
カトルの顔は伺えない。
「……嫌だと言ったら?」
力強いカトルの腕がぎゅうっとフィアを抱き締める。
フィアはぐっと息を詰めた。
「どうした?捕虜とは言え一切の意見を禁じた覚えはない。言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」
ふっと笑う声が耳を掠める。
抱き締められた体は温かい。
「で、捕虜って」
フィアは小さな声で吐き出した。
聞き取ろうとカトルはフィアに耳を近づける。
「捕虜って!ぜんぜん、違うじゃないですか。こんな、……食事だって、点滴だって。いったい」
助けられ、ここで目覚めた日から感じていたフィアの疑問。何故自分だけこんなに手厚く保護されているのか。そうだ、最早捕虜なんかじゃない。“保護”だ。
「いったい何が目的なんですか!」
朱雀に返されるわけでもなく。労働を強制されるわけでもなく。ただカトルの部屋で食事を与えられ、窓の外を眺め、怪我の治療をされ、時間が流れていく。
「目的など無い。しかし」
不意に体が離されたかと思うとグイッと顎を掴まれて上に持ち上げられる。カトルの隻眼と視線がぶつかった。
「最初に言っただろう?その顔に産んでくれた両親に感謝しろ、とな」
「っそう、いう」
“そういう”ことか。
フィアの瞳からじわじわと涙が溢れる。
不敵に笑うカトルの顔がゆらゆらと歪んでいく。悔しい。
「泣くな」
「っ泣いて、なんか……」
すうっと頬を伝った涙の雫をカトルの唇が追い掛けた。次いで目元に唇を当てられて、温い涙が舐め取られる。
「お前は強情だな」
ゆっくりと頬に黒い手袋をはめたカトルの手が触れる。これ以上彼を見ていられなくて、フィアはそっと目を伏せた。
瞬間――ふわり、と柔らかいそれがフィアの唇を覆った。
かと思うとぬるりと湿った舌が入り込んでフィアの舌に絡まる。退こうにも顎を掴まれ、腰にはカトルの腕が回っているため身動きは出来ない。唯一自由な両腕で彼の胸を叩いてみるがまったく意味がない。
「んっ、ふ」
どんどん深くなる口付けに思考が揺らいでいく。元々力も気力も思考力も数ヶ月前と比べ格段に落ちていた。何も考えられなくなる前に、フィアは精一杯の抵抗で絡められた舌を噛んだ。
「っ、やっと抵抗したか」
そんなフィアの行動に、カトルは楽しそうに笑いながら体を離した。
理解出来ず咄嗟にカトルに視線を投げ掛けてしまう。
「朝はいい。また昼に食事を運ばせる。少しくらい口に入れろ」
そう言うとフィアの体を壊れものを扱うようにソファーに下ろした。去り際に彼女の頭にぽんと手を乗せ、背を向け扉から出ていってしまうカトル。
「……意味が」
意味がわからなかった。
“そういう”ことじゃなかったのか?
自分はただ彼の性処理の道具として“捕虜”の名目でカトルに引き取られたのではないのか?
右腕に繋がれた管の先の針をフィアはじっと見つめた。
「っ……いっ」
グッとそれを引き抜いて、今までそれが刺さっていた箇所を強く圧迫する。
「10時、か」
お昼の時間を気にして時計を見るなんて一体何ヵ月ぶりだろうか。
シンシンと降り積もる窓の向こうの雪。
咲かないサクラの木は、元気だろうか。
Continued.