05(2/3)

***




蝉の声を聞かなくなってどれくらい経つだろうか。撃たれて負った傷は大分良くなった。捕虜とは言え、カトルのお陰か中々腕の良い医者が彼女の治療の担当を引き受けてくれたからだ。
けれどその医者の話によれば治療よりも撃たれた直後の処置が早急だったお陰らしい。

「……クラサメくん」

そうだ。あの時自分に治癒魔法を掛けてくれたのは他の誰でもないクラサメだった。彼は今、どうしているのだろうか。

「起きていたのか」

シンシンと降り積もる白い雪。
曇った窓ガラスの内側でそれを見つめていたフィアは聞き慣れた声に視線を扉の方へ動かす。
見るとカトルが銀色のトレーを手にしていて、その上には食器が幾つか乗っていた。立ち上がる湯気に混じり鼻腔に漂ってくるシチューの匂いが空腹に毒だった。
フィアはそんな彼から目を背けた。

「いい加減何か口にしたらどうだ」
「要りません」

何かを食べる気になんかなれなかった。
どうやらこの腕に繋がっている点滴から最低限の栄養は体内に運ばれているようだし、必要無い。皇国軍から出された食事などとても口にする気は起きない。
点滴から栄養は受けているくせにかと言われればそれまでなのだが。
気分的な問題だ、気分的な。

「何が不満なんだ?」

不満。そんなの全てに決まってる。
ここにいる自分。生きている自分。
自分を助けたカトル。望んでもないのに何故か手厚く世話をしてくれるカトル。
そして、彼に、会えない。
捕虜にするくらいならばいっそ殺してくれれば良いのに。

「せっかく助かった命なんだ。少しくらい大事にしたらどうだ」

助けたのはあなたでしょう。
そう出掛かった言葉を飲み込む。
そうして何も返さず、フィアはまた白に染まった街を見下ろした。
ガラスに浮かんだ結露を壊す時に指先が冷えるのが“自分が生きている”ことを意識させてとても嫌いだった。

「誰かを待っているのか?」

窓の外を眺めていると不思議そうにそう問われた。別にそういうわけではない。することがないからただこうしているだけで。

フィアは何も答えなかった。
いまだに室内に漂うシチューの香りが鼻を掠めて苦しかった。けれどバレないよう、ポーカーフェイスを崩さずただ無心に雪の花びらを目で追う。ひらり、ひらり、と舞い落ちる。

「……クラサメ?」
「っ」

ところが、徐にカトルの口から呟かれた名前にフィアは明らかな動揺を見せた。びくっと肩が跳ね上がったあとに「しまった」と内心で毒づく。

「成る程。そういうことか」

嫌らしい笑みを口元に乗せカトルが笑った。フィアは気付かないふりをしてゆらりと滴る結露を見つめる。

「恋人か」
「っあなたには関係っ……!」

ばっと振り返って抗議しようとした時、踏み出した足が軸になっていた足に絡まってしまいぐらりと大きく体が前へ傾いた。

「っわ……」

倒れる―――
そう思い訪れる衝撃を覚悟し目を閉じた

「何をしてるんだ」

の、だが痛みは一向に訪れない。代わりに暖かな人の体温を全身に感じ、カトルが受け止めに入ってくれたのだと気付くのには少し時間を要した。

倒れ込んだ彼の胸は温かかった。
素肌のまま剥き出しにされているようなフィアの心にはその温もりが酷だった。
カトルの胸に手をついて距離を開けようと力を込める。しかしどうしてだか彼は離してくれる様子もなく黙ったまま。

「離して」

小さくそう言うと眼帯に隠されていない方の目がフィアを捉えた。

「痩せたな」

フィアの言葉をまるで聞いていないかのように彼女を支える腕の力が強まる。必然的にくっつくカトルとの距離。

next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -