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クラサメの目の前を紅い飛沫が走る。
空色のマントがはためいて、自分にのし掛かってきた。

「っ……」

フィアに突き飛ばされたのだと気付いたのは、青い青い雲ひとつ無い空を仰いでからだった。ただ佇むのは目が眩む程に熱を放つ、飲み込まれそうな太陽と。


ミーンミンミン
ミーンミンミン


胸に感じた重み。噎せ返るような血の臭いに混ざり漂った、仄かな彼女の香りにはっとして手で触れる。視線を下に向けて上半身を起こした。

「っフィア!」

その重みの正体はフィアだった。
彼女の背中に回した右手がぬるりとぬめった。支えたクラサメの右手を軸に、ぐらりと仰け反ったフィアの体。

「っ!」

胸を、撃たれていた。
即座に気を張り周囲を鋭い眼光で睨みつける。けれどどこにも皇国兵の姿は無ければ気配も無い。それどころか、朱雀の兵の姿も見えない。

「フィア!しっかりしろ!」
「っ……ぁ」

ぐったりとしているフィアを抱き上げて木の影に身を潜める。空いている左手に魔力を込めて撃たれたフィアの胸に翳す。淡いエメラルドの光がゆらゆらと広がり、フィアの体へと吸い込まれる。

「っなんで、」
「えへへ……つい、体が動い、て」

多分彼女の当たった弾はクラサメを狙い放たれたものだ。いくら遠くからの狙撃とは言え、クラサメは気付けなかった自分を呪った。

《1組09班、1組09班応答しろ!》

そこで突然入った通信に周囲を気にしながら応答する。


ミーンミンミン
ミーンミンミン


異様だった。
異様な静けさ漂う敵の領地で、

《直ち、にそ――から―――……!―――に、――――……!》
「隊長?」

乱れる通信。クラサメはフィアを見てもう一度呼び掛ける。しかし、

《―――――――……だ!奴等の狙いは―雀――王の殲滅だ、――!》
「?」

聞き取れない。敵の領地だからなのか、妨害電波が酷いのか。けれど声の様子からあまり良い報せでは無さそうだ。

「一度戻るか」

2人の役目は朱雀軍の活路を開くことだった。けれどどういう事か味方の姿も皇国兵の姿もここにはない。
自分1人でこのまま進んでも良いのだがそれにしては辺りの雰囲気はおかしい。自分を庇い撃たれたフィアを放っておく事もしたくなかった。例えここが戦場だとしても。その時。

「クラサメ君っ!!フィアっ!!」

戻ろうとした道のりを、同じマントを纏った候補生が自分たちの名を叫びながら走ってくる。

「彼女は、確か」

よくフィアの隣にいた候補生。
サユだった。

「っいた!クラサメ君、すぐに本陣に戻って!皇国軍の狙いは四天王のいない朱雀本陣!」
「なんだって……?」

すぐにフィアを抱え上げようとした。

「っフィア!?」
「さっき撃たれたんだ。治癒魔法は掛けてある、救護班に」

苦い顔をしてサユはクラサメの言葉を手で制した。

「救護班は今、壊滅状態で」
「そんな……」

サユは悲痛そうな表情でクラサメの腕の中のフィアに近付いた。それにクラサメはやるせなさを覚える。

「多分、あっちで手一杯で、ここまで回せないわ」

ぎゅっとフィアの手を握るクラサメ。

「って、」
「フィア?」

そのクラサメの手の力に反応したのか、蚊の鳴くような声でフィアが言った。

《1組09班!1組09班!すぐに――しろ―――っ……!》
「クラサメ君、時間がない」

慌ただしい通信。今の本陣の悲惨な状況が伺える。これは本当に急いで戻らなければならない。

「っフィアは」

フィアは恐らく一人では歩けない。
かといって本陣へ連れ帰っても応戦出来るわけでもなく、安全な場所へ身を渡してやることも出来ない。頼りの綱の救護班は壊滅状態。

「行って、くら、さめ、くん」
「フィア?」

身動いて、クラサメの腕から抜け出すフィア。勿論自分で立つことは出来ずそのまま地面に転がってしまう。

「フィア!」
「クラサメ君!」
《09班!―――応答――――!》

考えた。どうするべきなのか。

「フィア……」

怪我をしたフィア。
攻められている本陣。
多分撤退を命じている隊長。
求められている自分の力。

「行って、クラサメ、くん。サユ」
「フィア」

サユがしゃがみ込みフィアの手を握る。
そして何かを決意した様に顔をあげた。

「クラサメ君、救護班に知り合いがいるの。向こうについたらすぐに無理言ってフィアの元へそいつを向かわせる。だから、……行こう」

無言のクラサメにフィアは微笑んだ。
今の彼女を本陣まで連れ帰ることは例え2人でも難しい。下手をすれば3人共に全滅してしまうかもしれない。

「……わかった」

クラサメはそっとフィアの手を握り、ゆっくりと、離した。

「フィア、ごめん」

ぼうっとする視野で2人を捉えた。けれど靄が掛かったようにそれは朧気で。

「クラサメくん、また、明日」

照りつける夏の暑さに歪んだように。
ゆらゆらと遠くなる2人の背。


ミーンミンミン
ミーンミンミン……

遠くなる意識の中、咽び泣く蝉の声だけが静寂を支配していた。



Continued.
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