「でもびっくりしたねー、まさかクラサメ君が三角関係築いてたとはさ〜」
クラサメとフィアが朱雀へ帰還して早数週間。目まぐるしく変わっていた戦況も今では完全なる終戦へ向け毎日少しずつだが動いていた。
しかしながら武官は武官でやることは山積みで、クラサメは勿論エミナ達も忙しい日々を過ごしていた。
「嘘でしょ。知ってたクセに」
仕事の合間に久々訪れたリフレッシュルームにはこの時間珍しく先客が居て。エミナは仕方がなしにカヅサの向かいに腰を下ろしていた。
「嫌だな〜知るわけ無いだろう?クラサメ君なかなか自分のこと話さないし」
しらばっくれているのか、本当に知らなかったのか、この男の本心こそいまいち理解しがたいのだが。
「でも、桜は咲いてないね」
「まだ冬だからね」
カヅサとエミナ、ふっと笑って外の景色を見ようと窓の外に目を向ける。
窓の外には穏やかに、静かに佇む桜の木々があり、今年もその身を美しく飾る春が訪れるのを待っていた。
*
朱雀を離れていた間の出来事に関する報告書や、先の大戦での任務の報告書、更に0組関連や密偵のことなどと、クラサメの仕事は実に溜まっていた。
勿論密偵や任務の時の報告書は多少誤魔化しが必要で、根が正直な彼なりに巧妙に上手く書いたつもりではあったが。
「ゆっくり話すの、久しぶりだね」
互いに大分仕事も片付いてきた春先。
暇な時間の被った2人は自然と裏庭に足を踏み入れていた。昔と変わらない、広くも狭くもないこの空間。
「もしかして、候補生の時にカヅサが馬鹿して野宿した時以来かも?」
「それは大袈裟だろ」
前に立っていたフィアがくるりと踵を返し、可笑しそうにクラサメに言う。それに彼もくすりと笑みを洩らした。
「ここに来るの、もしかしてあれ以来?」
今日は大半の候補生たちが破損した街の修復作業の手伝いに行っていて、魔導院に残っている候補生達は少ない。元々人気の少ない裏庭には余計に誰も寄り付かず、クラサメとフィアの2人だけだ。
「あれ以来?」
“あれ”の指す日がわからず聞き返すクラサメにフィアは悪戯っぽく笑う。
「うん。約束した日、以来」
脳裏にあの日の光景が浮かぶ。
――咲かないサクラのこの木が満開になってるのを、大好きな人と2人で見ると、ずっと一緒にいられるって噂があるみたいだよ。
――いつかその噂が本当か試してみるか
フィアと、2人で。
徐にクラサメの腕がフィアの腰を引く。
そういえば、あの約束を交わしてからもう8年以上月日が流れたのだ。
そしてそんな約束の場所、裏庭にフィアと2人で訪れるのも。
「8年、か」
フィアがいない間もただ1人、この狭くも広くもない密室を漂っていたからか、あまり久しぶりだと言う感覚はどうしてだか感じなかった。
「変われなかったね、わたし達」
一緒に桜を見ようと夢見た子供から。
「変わらなかったね、2人とも」
桜の咲かない季節を何度も見送って。
その度褪せたページを何度も確認して。
痛い静寂も、冷たい景色も、耳を塞ぐことで、目を背けることで堪えてきた。
許されることばかりじゃないけれど。
この先償いも代価も必要になるけれど。
「ね、ただいま。クラサメくん」
「おかえり、フィア」
もう、あの日に無くしたこの温もりを、
探して君の名を叫ぶ孤独の空間に、
閉じ込められることは、無いのだから。
ぎゅっと抱き寄せられ、クラサメの温もりがフィアを包み込む。自然と繋いでいた手に2人で苦笑いして。
誰もいないだろうか、いても構わないだろうか、額同士がくっついて。
「クラサメくん」 「フィア」
満開の桜の木の下。
薄く色付く唇が触れ合って。
ひらり、ひらり、
白い、白い、記憶の断片のような桜の花弁が舞い上がった。
―― fin* 2012/06/08 ▲