Y(6/7)

「あ、フィアくんクラサメくーん!」

いつ魔導院に帰ってくるかなんて伝えていないはずなのに、院へと続く長いアスファルトの道を抜け、エントランスを抜けると見知った友人がヒラヒラと手を振って待ち構えていた。

「カヅサ……それに」

ヒラヒラと手を振るカヅサの横に嬉しそうな笑みを浮かべたエミナ。そして。

「フィア!クラサメ君!おかえり」

パタパタと2人の元へ走ってきた人物。
フィアは一瞬表情を強ばらせながらも目の前の彼女をしっかりと見据えた。

「サユ」

真剣なフィアの眼差しと、確かな意志を持った声が噴水の音に混じり響いた。
ただならぬフィアの顔付きにサユは少し怪訝そうにしつつ彼女を見つめ返した。

「あなたのこと、多分わたし許せない」

フィアの隣にいたクラサメが少しばかり居心地が悪そうだった。けれど彼がここで逃げ出すわけにはいかない。対するサユは素知らぬ顔で笑って見せ。

「何言ってるのフィア?許せないって?あ、もしかしてフィアが撃たれた日に置き去りにしたこと?それなら」
「サユ」

しらばっくれるサユにもう1度、ゆっくりと彼女の名前を呼んだ。すると。

「バレてるんだね。クラサメ君との事」

サユの顔付きが変わった。

「せっかく朱雀に帰ってこれたんだからもう少し、再会の喜びくらい噛み締めたら良いのに。ねえ、クラサメ君?」

フィアから視線をクラサメに向ける。
彼は何も言わずにその視線を黙って受け止める。少しの沈黙が流れたのがわかったのは、不意に大きく聞こえた噴水の音の所為か。
笑顔だったカヅサとエミナも今は表情を変え、無言で3人を見ていた。

「許せないけど、……貴方を責めること出来ない。怒ることも、出来ない」

ぐっと、フィアが悔しそうに拳を握る。そんな彼女をぽかんと見やるサユ。

「わたしも、悪いから。責任……あるから。クラサメくんが辛い時に傍にいてあげられなかったのも、幾ら庇ってとは言え敵に撃たれたのも、サユの気持ちに……気付けなかったのも」
「っ……」

キッと、サユがフィアを睨んだ。
今にも掴み掛かりそうな形相で貼り付いた作り笑いを浮かべる。

「……何それ、何それ!なんであんたはいつもそうなの?なんで全部私の所為にしないの?なんで良い子ちゃんなの?」

嫌悪と憎悪で歪むサユの表情を、無色の感情で見つめるフィア。サユは堪らずフィアの両肩をガッと掴んだ。

「あんたのこと大嫌いだった!いつもクラサメ君におはようって声掛けて貰って、いつもクラサメ君に笑って貰えて、いつもクラサメ君に話しかけて貰えて」

ぎゅうっとサユの手に力が込められる。

「いつもいつもいつも!邪魔だった……努力して、やっと1組に上がって、やっとクラサメ君と同じクラスになれたのに……、あんたはいつも何でも無いって顔して、クラサメ君の横にいて」

サユが1組に上がる前から、確かにフィアは既に1組のマントを羽織っていた。
けれど彼女とて、すぐにエリートコースで1組に配属されたわけではない。

「だから、あの時咄嗟に思った。ちょっとくらい、あんたにも1人ぼっちの気持ちわからせてやろうって。でも、」

怒りに満ちていたサユの顔がぐらりと揺らいで、彼女はペタリと地面に座り込んでしまう。ぎゅっと、フィアの服の裾は握ったまま。
悲痛に歪むサユの顔から、目を逸らしてはいけないと思った。

「救護班の奴を向かわせたのは本当だった。少し痛い目見させてちゃんと迎えに行くつもりだった。けど、だけど、フィア、居なくなってたって……どこにも、居なかったって……」

がくがくと彼女の腕が震え出す。
フィアは堪らず座り込み、ぎゅっとサユの手を握った。

「居なくなればいいと思ってたのに……本当に居なくなっちゃって、じゃあ気にしないでクラサメ君貰っちゃえばいいやって、思ったのに」

クラサメもサユから視線を外すことは決してしなかった。静かな水の流れる音がサユの声に混じり空気に広がる。

「クラサメ君、フィア、フィア、フィアフィアって……フィアのことしか、見てなくて、頭に無くて。私なんか茅の外だった、結局、フィアに勝てなかった」

がくりと項垂れたサユの背に、フィアはそっと手を伸ばした。拒まれることはなく、彼女自身も胸が張り裂けそうな思いでサユの背をぽんぽんと叩く。

「クラサメ君、ごめんね……私」
「サユ」

ふとクラサメに視線を向けて言葉を紡ごうとしたサユに、今まで黙っていたクラサメが口を開く。静かな空間に響いた彼の声もまた、しっかりとした色だった。

「すまなかった。謝ることで許される事では無いとわかってる。けれど」

すっと、彼はサユへ頭を下げた。

「フィアが好きなんだ」

地面へ吐き出すように呟いた彼の言葉には、サユだけでなくカヅサやエミナも少しばかり驚いていた。

「うん……知ってる」

そんなクラサメの態度を見て、サユは悲しそうに微笑んだ。

「今、初めて……名前呼んでくれたね」

切なそうに呟いたあと、ゆっくりとフィアへ向き直り真摯に彼女を見つめながらサユはまた口を開いた。

「……ごめん、ね、フィア」

じわじわと、サユの目から涙が溢れた。
頭を上げたクラサメも、そんな2人をただじっと見つめるだけで。

「ごめんね、サユ……」

お互いに謝罪の言葉を口にした瞬間、どちらともなくぎゅっと体を抱き締めた。


許されない錯誤、
言えない間違い、
ほんの一時の過ち、
全てが絡み合い、ぐちゃぐちゃに縺れてほどけなく、声を上げて叫ぶことも出来なくて。互いに責めることも、許すことも出来ないけれど。

壊れた破片を拾い集めて、再びそれを修復したものは、レプリカと呼べるのか?
答えは、彼らにしかわからない―――

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