がらっといつつめ。(1/1)

週末の夜。貯まっていた報告書をなんとか全部終わらせて緩めていたネクタイを締め直す。デスクの上を律儀に綺麗に片付けて綺麗にもした。理由は簡単で、なんとなく週明けにこの椅子に座った時清々しい気持ちでいたいから。
既に同僚や上司なんかこのオフィスから居なくなっていて、最後にこの部屋を出ることになった俺。誰に言うでもなく「また来週な」なんて部屋に一言放ってオフィスの明かりを消した。



*



「おかえりなさい」

夜のカフェに来るのは初めてだった。
カランカランといつも鳴るドアベルが店内に響かずに鳴り終わる。朝のフレッシュな雰囲気と違って、店内にはどこかしっとりとしたアダルトな雰囲気が漂う。ネオンの間接照明がカウンターやテーブルを煌々と照らし、棚に置かれたグラスやボトルを艶やかに演出していた。
朝から昼はカフェとして、夜はバーとして店を開けているのだとついこの間電話で七瀬から聞くまで俺はこんな様変わりした店の雰囲気は知らなかった。

「あっち、混んでるんでここどうぞ」

七瀬のスカートの丈がいつもより少し短く感じた。朝と違い店内は若者から中年の客で賑わっていて比較的混んでいた。毎朝優雅に流れるBGMはクラシックではなくテンポの良いジャズに変わっている。通された端のカウンター席はまるで人混みから隔離されたように座ってる客はいなく、カウンターの中には七瀬一人。

「あと30分くらいで終わりますから」

朝だったら彼女のこの声も店内に響いてしまっていただろうか。今は賑わう客の声とそれに混ざるBGMのおかげで全く響かない。

「大分雰囲気違うんだな」
「びっくりしました?」

小鳥が囀ずるみたいに笑う七瀬。
清廉潔白、朝はそんなイメージばかりが先行していた七瀬もこの店内の雰囲気のおかげかいつもより大人びて見えた。

「何か飲みます?バータイムだとアルコールも出せますよ」

他の客のだろうか。手際よくシェイカーを数回振って浅いグラスにエメラルド色の液体を流し込む。真っ赤なチェリーを一つ乗せ、七瀬はフロア担当の店員のラウンドトレイにグラスを乗せた。

「紅茶だけじゃないんだな?」
「こっちは仕事です。やらされてるうちに覚えちゃいました」

薄く笑った七瀬の唇に何故か視線が行った。間接照明の所為か陰影がついてふっくらとして見える。見惚れているとその唇がゆっくり開いて、視線を七瀬の瞳に戻した。

「口に合うかわかりませんけど、作りましょうか?」

楽しそうに七瀬が言うものだから断る気にもならず肯定した。甘さが目立つカクテルはあまり好んで飲んだりはしなかったけれど、七瀬が作るのなら今日くらいその甘さを流し込んでも良いだろう。七瀬は嬉しそうに微笑んで背の高いグラスを一つ手にした。

「紅茶、気に入ってくださったみたいなんで、紅茶のカクテルお作りしますね」

そう言うと先程のグラスに鮮やかなグリーンのスペアミントとレモンを落とす。透明なシュガーシロップを控えめに入れてバースプーンで磨り潰すように三つを混ぜる。

「それ、メニューには?」
「乗ってないです」

磨り潰したミントたちの上にクラッシュアイスを放り込み、ドライジンを注ぐ。その上から更にアールグレイのアイスティーをグラスいっぱい満たせ、バースプーンで軽く掻き混ぜ最後にミントをトップに乗せた。

「またレオンが初めてですよ」

クスクスと笑いながら四角い黒革のコースターを俺の前に差し出し、グラデーションの様に三層に別れたグラスをそこに乗せた。
一番下がミントとレモンでグリーンに、真ん中はドライジンのシャンパンゴールド、一番上がアールグレイのネオン。

「それぞれの重さの関係がちゃんとあって、綺麗に層に別れるんです」

シルバーのマドラーを渡されて、黒いストローが三つの層を突き抜ける。

「アールグレイとミントなので、仕事終わりにスッキリすると思いますよ」

にっこりと湾曲を描く七瀬の唇から、また目が逸らせなくなりそうで。綺麗に別れた三色の層を掻き壊して、喉の奥を潤した。

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