ひさびさみっつめ。(1/1)

ゆっくりとした空間に流されながら毎朝優雅なモーニングティーを楽しむのも悪くないけれど、勿論俺はそれだけで終わらせるつもりは無かった。と言うか今でもそんな気はさらさら無い。
丁度ここに来るのは一週間ぶり。純粋そうで無邪気な彼女に汚い大人の駆け引きなんて使いたくなかったけれど、元々俺がここに来ていたのは紅茶より珈琲より七瀬が目的だった。

落ち着いたアンティーク調のドアを引けばカランカランと少し懐かしいドアベルが鳴り響く。

「いらっしゃ、……あ」

笑顔の彼女が一瞬だけ戸惑った表情をしてまたすぐに微笑む。一瞬だけのその表情に少しだけ心が痛む。さて、七瀬はなんと言ってくるだろう。

「おはよう」
「お久しぶりです」

相変わらずふわっとした柔らかい笑顔で彼女が言った言葉に少し満足。そしてやっぱり少しの罪悪感。お決まりのテーブル席に腰掛けるとすぐに七瀬がやってくる。

「いつものですか?」
「ああ、そうだな」

いつものサンドウィッチと彼女が選んで入れる紅茶。いつもの、と言っても約一週間ぶりのそれ。けれど店内は特に変わった様子もなく、客もいつも俺より早くにいるカウンター席の老人だけ。老夫婦は今日はいない。ちらりと時計に目をやって店内に視線を戻す。

「一週間近くいらっしゃらないから、心配してたんです。体調崩されたのかなって……」

そうしているとシルバーのラウンドトレイにサンドウィッチの皿を乗せた七瀬がやってくる。皿を置くのと同じタイミングで彼女が言った。

「悪いな、仕事でヨーロッパの方に行ってたんだ」

それは勿論事実。
けれど最後にここに来た一週間前の日、それを言わなかったのは計算。我ながらズル賢い考えだと鼻で笑えそうだ。そんなにも関わらず七瀬はほっとした様な安堵した様な表情で俺に笑顔をくれる。

「そうだったんですか……良かった」

花の蕾が綻ぶ様な柔らかい笑顔を残して紅茶を取りに居なくなる七瀬。すぐに熱そうな白いポットと真っ白いティーカップを持ってこちらに戻ってくる。さて、今日は何の種類だろうか。

「今日は無難にイングリッシュブレックファーストティーにしてみました。これもうちのブレンドです」

濃い紅色の液体が真っ白いカップに注がれる。「どうぞ」とそっとカップを差し出されて素直に口をつけるとブレックファーストティーならではの渋味が咥内に広がる。

「目が覚めそうだな」
「前にレオン、よく遅刻するって話をアシュリーから聞いたので」

くすくす笑いながら七瀬が言う。……アシュリーの奴、なんて余計なこと話してるんだ。友達のドタキャンに付き合ってやったのに。まあそのおかげで七瀬に出会えたのだけれど。今度お灸を据えておこうか。

「あ、ごめんなさい。
 怒っちゃいました?」

悪びれた様子は無く七瀬が笑い掛けてくる。初めて会った時は真面目そうに見えたけれど、七瀬は意外と冗談が好きな部類らしい。冗談っぽく笑ってくるものだから怒っていたって怒るに怒れない。いや、怒ってるわけではないけれど。

「いや、ただアシュリーには礼を言っておかないとな、って」
「わあ、それ、ダメですって!」

負けじと俺も返してみると慌てた様子で七瀬がトレイを握った。ピカピカに磨きあげられたそれは鏡の様になっている。

「わたしがアシュリーに怒られちゃいますよ!」
「君なら大丈夫だろ?」

笑い返すと拗ねたように頬が膨らんだ。
そこでカランカランとドアベルの音が店内に響く。直ぐ様七瀬は入り口まで向かい客を迎える。そんな無駄もなく素早い動きは経験の賜物なんだろう。
店に入ってきた若い男を笑顔で応対する七瀬を見ながら彼女の淹れてくれた紅茶を燕下した。仄かに残る紅茶の渋味。
向こうで笑顔を振り撒く七瀬を見て綺麗だなんて感じて。俺は席を立った。

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