そうして、じゅうよんこめ。(1/1)

「もう……酷いじゃないですか、アシュリーと一緒にレオンまで」

ほかほかと湯気を立てるマグカップを二つ持って、七瀬が俺の横に腰掛けた。ソファーがギシリと音を立てる。少しだけ開いてる俺と七瀬の距離。

「悪い悪い、七瀬が可愛い反応するからついな」

笑いながらカップを受け取ってローテーブルに置く。アッサムとミルクの濃厚な香りが広がって安堵する。

「レオンって意外と意地悪です」

両手で自分のカップを持ちながら、七瀬がぼそりと呟く。強引の次は意地悪か。

「優しい俺を期待してたか?」

ふっと笑って言ってみると少し拗ねたような表情で七瀬がこちらを見ていた。勿論七瀬には優しくしたいし甘やかしてやりたい。けれど男の性なのか“好きな子程いじめたくなる”と言う気持ちも出てきていつの間にか意地の悪い行動に出てる自分がいたりする。小学生の男子か、俺は。

「いえ、優しいんですけど、意地悪」
「なんだそれ」

少しだけある七瀬との隙間を埋めるようにそっとそちらに寄ってみる。嫌がる気配は無かったのでそのまま寄ると、肩が触れた。

「言葉のまんまです」

ちらりと七瀬が見上げるように見つめてきて、黒い大きな瞳に俺が映る。縁取る長い睫毛が瞬きの度にパシパシと揺れてなんだか目の大きな仔犬のようだった。チワワとかそんな種類。
暫く見つめ合って、そっと七瀬の方に手を伸ばすと七瀬もカップを置いてこちらに来てくれた。

「抱き締めるのはもう平気か?」

華奢な七瀬の体を腕の中に閉じ込める。少し七瀬が強張っているのがわかる。けれどほんの少し、本当に少しだけ。

「ん……大丈夫です。こわくない」

そう言って自ら俺の胸に擦り寄ってきてくれる七瀬。これがまた可愛くて、思わず口元が緩む。ゆっくり髪を撫でると気持ち良さそうに七瀬が笑った。

「不思議ですよね。男の人に触られるのこわいのに、……レオンには、もっと、触れて欲しい」
「っ……」

出来るだけそっと七瀬の肩を掴んだ。心掛けただけで実際はぐっと掴んでしまったかもしれない。けれどそれくらい、理性を突き崩されそうになる一言だった。
じっと七瀬の大きな瞳を見る。

「レオン?」

そしてそっと、朱く色付く唇に視線を落とす。七瀬の肩が少し跳ねた。

「七瀬」

唇から一度視線を七瀬に戻す。
―――触れたい。
彼女の、唇に。

そうっと頬に手を持っていく。柔らかい頬が手のひらに吸い付いて親指で七瀬の下唇をなぞった。困惑気味にこちらを見ている七瀬の視線を感じた。

「ここに、触れたい」

切な気に七瀬の眉間が寄る。

「レオン……」

わかってる。七瀬に無理をさせたいわけじゃない。もう少し待つことだって、出来る。けど、

「七瀬とキスしたい」


肩を這う様に七瀬の腕が添えられて、頬を目一杯赤く染めた彼女が体を強張らせて瞳を閉じた。やや上向きに顔が傾く。

「七瀬……」

顎に手を掛けて自分の方に引き寄せて、ふっくらとした七瀬の唇に自分のそれを重ねた。子供がするみたいな、ただ触れ合わせるだけの軽いキス。

薄く瞼を開いてみる。
ぎゅっと音がしそうな程に閉じられた七瀬の瞼。ふるふると睫毛が揺れていて、とても愛しかった。

「レオン」

どれくらいそうしていたのか。
ただ唇を重ねるだけ。それだけなのに酷く心地良くて、ずっとそうしていたい気分だった。名残惜し気に離れて七瀬を見ると名前を呼ばれる。

「七瀬」

だから俺も呼び返す。
そうするとくすぐったそうに七瀬が笑ってぎゅっと抱き着いてきた。そんな七瀬を受け止めて、俺からも彼女を抱き締める。

「レオン」

応えるように七瀬がまた名前を呼ぶ。唄うような彼女の声が耳にしっとりと反響する。耳元でもう一度名前を呼ばれて、堪らなくなって七瀬の息を奪った。

「ん……」
「あんまり俺を喜ばせるな、」

唇を離してコツンと額をくっ付ける。
俺の言葉に驚いたのか七瀬の目は丸くなっていて、少ししてからおかしそうに笑った。

「ダメなんですか?」

悪戯っぽく微笑む七瀬。ああ、きっとアシュリーと二人で七瀬をからかっていた時の俺もこんな表情だったんだな。

「七瀬にもっと触りたくなる」

正直に気持ちを言えばまた七瀬の目は一瞬だけ丸まって、またすぐにふわりと笑う。忙しいな。

「言ったじゃないですか」

きゅっと手を握られる。
湯気を立てていたマグカップのミルクティーはすっかり冷めてしまっただろう。

「レオンになら、」

思い出すのは彼女と初めて出会った日。
ふんわりと笑う柔らかな七瀬の笑顔。

「触れて欲しいって」


カップに落ちる紅茶のドロップの様に、キラキラした透明な彼女との出逢いを、


「大好きです、レオン」


ゆっくり、しっかりと、
大切に歩んでいきたいと、思った。



*fin*




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