「わあ、キラキラしてて可愛い!」
七瀬の言う通り差し出されたカップからはストロベリーとシャンパンの甘酸っぱい香りとベースの茶葉の香りが心地良く漂ってくる。薄紅色の紅茶の水面はキラキラと輝いていて、いかにも女性が喜びそうな感じだ。
「なんかレオン似合わない」
「悪かったな」
茶化すように言ってくるアシュリーをさらりと流して笑っている七瀬を見た。
「何かあったのか?」
「え?」
聞けばきょとんとした顔で俺を見下ろしてくる。なんとなくだけれど七瀬の淹れる紅茶でその日の彼女の気分だとか気持ちが読み取れるようになってきていた。
「え、別に何も…」
「あ、私わかった!」
アシュリーがハイハイと手を挙げる。
そんなアシュリーに二人して目を向けると最高に悪巧みしたにんまり笑顔で彼女は言った。
「レオンと恋人になれて嬉しいんだ!」
「アシュリーっ…!」
ガタッと机が揺れてカップの水面がゆらゆらと揺れた。薄紅の水色の紅茶のドロップのように七瀬の頬も染まる。
「だって本当のことでしょう?私に相談してたもの。」
「ちょ、こら、アシュリー…」
いつもの老夫婦がこちらを見てクスクスと笑っていた。カウンターに腰掛けた老紳士やマスターも。そんな周囲の雰囲気に更に焦って頬を紅くする七瀬。
「れ、レオンも…なんとか言ってくださいよ…」
ちらりと七瀬が俺を見て助けを求めてくる。けれど生憎と、七瀬と同じように少し浮かれている俺は素直にそうすることは出来なくて。
「だって本当のことだろう?」
「っ…レオンまで!」
俺も最高に悪巧みした表情で七瀬を見上げてやった。畳み掛けるようにアシュリーが「ほらー!ね?」っと七瀬を追い込む。シルバーのピカピカのラウンドトレイを顔の前に持ってきて、紅くなった顔を隠す七瀬。そのうち堪えきれなくなったのか「レオンのばか!」と吐き捨てるように言ってカウンターの奥に引っ込んでしまった。
「あはは、七瀬可愛い〜」
「大事な友達じゃないのか?」
からかうようなアシュリーに聞いてみると意外と真剣な表情が返ってくる。けれどすぐに幸せそうに微笑みながら彼女は口を開く。
「大事な友達だから嬉しいの!七瀬のこと泣かせたらただじゃおかないんだからね、パパに言い付けてやるんだから!」
「それは大変だ」
肩を竦めて降参とばかりに両手を開くとアシュリーが満足げに笑った。七瀬はまだカウンターの奥で隠れるように紅茶でも淹れているのだろうか。
いつもの朝、
いつものカフェ、
いつもの暖かい雰囲気。
そんな幸せを与えてくれたのは他の誰でもない七瀬と言う一人の女性。起伏の無い平坦な時間でも彼女がいたら輝いて見えた。
だから今度は、俺が彼女に幸せをプレゼントしなければならない。
「七瀬に触るのは平気なの?」
「抱き締めるぐらいなら許してもらってる」
完全に克服したわけではない七瀬の男性恐怖症。俺はしっかりとそれを理解した上で彼女とスキンシップを取っている。
「突然狼にはならないでね」
「…善処する」
痛いところを突いてくるアシュリーに苦笑いを溢しながら、もう彼女に説教されるのは懲り懲りだと肝に命じた。
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