「レオンは駅ですか?」
「ああ、七瀬は?」
この時間でもショッピング街が人で賑わうのはバーやファーストフード店が建ち並んでいるからだろう。
「じゃあここでお別れですね。わたしの家、ここから歩いてすぐなんです」
なんとなく勤めてるカフェに近い場所に住んでいるんじゃないかと思っていたけれど、やっぱりそうなのか。俺に向かい合うようにして立った七瀬。これはこのあとには「じゃあまた来週」とか「またカフェで」って言葉が続くに違いない。
「ここから近いなら送ってく」
そう言わせるより前に俺は先に切り出した。駅に向いていた足を七瀬の指差した方向に向ける。勿論七瀬の家が近かろうが遠かろうが最初から送って行くつもりだったけれど。
「え、いや…いいですよ。レオンが遅くなっちゃいます」
どんなに遅くなっても明日は休みだ。彼女はどうなのか知らないけれど。
「構わないさ。夜道で女性一人じゃ危ないだろ。」
多分口で言うだけでは彼女は首を縦には振らない。七瀬の横を過ぎて先に歩き出すと、しぶしぶといった感じでついてくる。そのうちひょっこりと七瀬の頭が横に並んできて、心の中で笑った。
「レオンってたまに強引ですよね?」
「さあ、どうだかな」
振り向かずに答えると七瀬がむっと頬を膨らませた気配がした。そんな仕草までいちいち可愛い。
「誤魔化しましたねー?」
膨れながら恨めしそうに言うものだからつい笑いが抑えられなくてふっと洩れてしまう。ああ、これだとまた七瀬に怒られるな。
「わ、笑いましたね!」
七瀬をからかうのは楽しい。喜怒哀楽が豊かでころころと変わる笑顔。あんまりそうしてるとただの意地悪な男、なんてレッテルを貼られそうだけれど。
「七瀬の事に限っては強引かもな?」
だから含み笑いと一緒に言葉を返しておいた。
*
「ここで大丈夫です」
レンガ造りの壁が暖かな印象のアパートの前で七瀬が止まった。今度こそ俺と向き合ってぺこりと頭を下げる。
「じゃあまた月曜だな」
「カフェでお待ちしてますよ」
くすっと笑いを洩らす七瀬に自然、俺の表情も和らぐ。エントランスの扉まで導くように白いお洒落な石の道が引かれていて七瀬が扉の方に方向転換した瞬間、
「っ七瀬!」
ぐらりと七瀬の軸足がバランスを失って、そのまま崩れそうになる。
「と、大丈夫か?」
そうはさせまいと慌てて彼女を抱き止める。こんな時普段から鍛えてる瞬発力が役に立つ。返事の無い七瀬に大丈夫かと腕の中の彼女を伺うと…
「……」
ゆらゆらと七瀬の瞳の瞳孔が動いていた。静かな焦げ茶色の瞳に浮かぶのは自分の顔。
「七瀬…」
動かない七瀬はじっと俺を見ていて。
思わず七瀬のふっくらとした桜色の唇に視線が下りる。驚いたのか僅かに開いた口唇。見つめられる視線が怯えたようなそれにも見えて、
「っ…!」
七瀬の唇に、自分のそれを重ねた。
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