ななつめのこと。(1/1)

窓から見える夜景がグラスに映ってゆらゆらと揺れていた。落ち着いた店内に流れるクラシックはいつも朝訪れるカフェの雰囲気に似ていて、先ほど感じた夜のカフェと違ってなんだか安心できた。


「美味しかったですね」

行った先はホテルのレストランだけあってなかなかボリュームのあるコース料理が出てきた。けれど二人で他愛ない話なんかしながら過ごせばあっという間で。七瀬がデザートのケーキの最後の一口を食べ終えて俺に言った。

「意外としっかり食べるんだな?」
「あ、小食かと思ってました?」

「女の子は見た目じゃないんですよー」と咎める様に言われて少し反省。確かに、それは勝手なイメージだったかもしれない。

「食べようと思ったらケーキあと二つくらい入りますよ?」

さすがにそれは無理な気がする。俺なら、の話。また七瀬が悪戯っぽく笑っている。

「別腹ってやつか…」
「せいかいです」

ナプキンで口元を拭いながら笑う彼女に降参とばかりに肩を竦めた。アシュリーと気が合うはずだな。確かたまに二人でカフェ巡りをしてるとか言っていた気がする。

「信じてないですねー?」と疑いの眼差しを向ける七瀬。いや、逆に七瀬を大食いと認めても怒られる気がするんだが。
ふとテーブルの横を通ったウェイターがトレイに乗せていた銀のナイフが落ちたのが横目についた。フロアは分厚い絨毯が覆っているためあまり大きな音はせず、ボトリと間抜けた音を俺と七瀬だけが聞き取った。

「「あ」」

二人で声を揃えてナイフが落ちた時のような間抜けな音を発して、俺は黙って落ちたナイフに手を伸ばした。

指先がナイフに触れる間際、ちょうど七瀬もナイフを拾おうと手を伸ばしたようで彼女の綺麗な指も見えた。けれどその指は俺より先にナイフに触れていたようで、俺の指先はそのまま七瀬の指に触れた。

「使ってな…」
「っ…!」

意識的にではなくて結果的に。結果的に七瀬の手に触れてしまったのだが、その瞬間物凄い勢いで七瀬が手を引っ込めた。

「…七瀬?」

驚いて思わず七瀬を見つめる。するとそんな俺より何倍も驚いた様な顔をした七瀬が自分の手を握っていた。

「あ…、ご、ごめんなさい…!」

はっとして慌てて謝る七瀬。そんな彼女の声で漸く俺も頭が働いて取り敢えずそのナイフだけ拾っておく。

「いや、俺も、悪かった…」

もしかして手が触れただけで驚いたのだろうか。

(男慣れしてないのか…?)

まあ慣れ過ぎてても困るんだが。
普段カフェで気さくに振る舞う七瀬からはなかなか想像出来なくて、必死で謝ってくる彼女をやんわりと諭す。

「あの、レオン…ほんとに…っ」
「気にしてないさ、謝らなくていいから」

生憎それくらいで怒るような小さい器は持ち合わせていない。キラキラと光る完璧に磨きあげられた銀のナイフが寂しそうにテーブルでシャンデリアを反射していた。

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