すすむよっつめ。(1/1)

今日も朝から七瀬のいるカフェに向かっていた。俺もよく飽きずに毎朝の日課にしていると思う。それもこれも全部七瀬の所為なのだけれど。一週間ぶりに昨日カフェに来た時の七瀬の反応が中々考えていたものと近しく、そろそろ食事の一つにでも誘っていいんじゃないかと今日は考えていた。

「あ、おはようございます」

いつの間にか客を迎えるための挨拶から朝の挨拶を言ってくれる関係に昇格していた。テーブルを拭いていた手を止めて笑顔でこちらにやってくる七瀬。

「おはよう。いつもの頼む」
「畏まりました」

朝から七瀬の笑顔を見るとどうも締まりの無い表情になってしまい、俺は一度顔を引き締める。心なしか今日の七瀬はいつもより機嫌が良い気がする。勿論いつも愛想も良くて、思わずこちらまで笑いたくなるような笑顔を振り撒いてくれているけれど。今日はそれに増して更に。

「今日も来るかなって、ちょっと心配だったんですよ」

席に着いてすぐ七瀬はスコーンの入ったバスケットを手にこちらにやって来た。不揃いな三角形のそれにはベーコンやナッツが見え隠れしている。成る程、甘いスコーンだけとは限らないんだな。

「もし来なかったら、」

何気なく七瀬を見つめた。

「電話でもしてくれたのか?」
「電話番号知りませんよ?」

クスクスと七瀬が笑う。
教えてもないし聞いてもいないんだ、確かに知るわけない。一度彼女の携帯の番号でも聞こうかと思ったが敢えてやめたことがある。朝ここに来て七瀬に会うのが楽しみだったのだ。なんとなくいつでも連絡出来る便利さは欲しくなかった。そうすることで朝ここに来ることが何倍も特別なものになる気がしたからだ。我ながら少し女々しいな。

「じゃあ教えてくれるか?俺が代わりに電話するよ」
「なんですかそれ」

そういうとクスクスと笑いながらカウンターの奥に戻ってしまう七瀬。上手くかわされただろうか。そんなことを考えているとシルバーのトレイに白いポットとカップを乗せて七瀬がやってくる。

「今日はレディグレイです」
「アールグレイじゃないのか?」

カチャリとソーサーにカップを重ねて七瀬が高い位置から紅茶の雫を落とす。橙色の水色。ベルガモットとは少し違う柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。

「レディグレイはアールグレイにオレンジピールとレモンピール、あと矢車草で更に香り付けしたものなんです」

すっと差し出されたソーサー。
よく見てみるとそこに何か紙の切れ端の様なものが乗っていて、綺麗な字で数字の羅列が並べられていた。しっかりと数字を読み取ってから七瀬を見つめた。座っている俺と立っている七瀬、必然的に俺が少しだけ上目になる。

彼女はいたずらっ子のような笑みを口元に浮かべて人差し指を自分の唇に当てて小さな声で言った。

「マスターにはナイショですよ?」

声のトーンを抑えたその話し方はなんだか二人だけの内緒話をしているようで胸がくすぐられる。いや実際、マスターに秘密にしろと言われたから内緒話なんだろうが。七瀬の書いた数字をもう一度見て彼女を見ると、照れたようにカウンターに戻ってしまった。

紙切れの最初に日本語で「七瀬」と書いてあって、これが彼女の母国語表記なのかと思うとなんだかまた頬が緩みそうになって。七瀬の淹れてくれた紅茶のカップに口を付けた。

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