体 温 潜 熱(5/6) |
「はい、これで最後です」 空になった器を見て最後の一口をレオンの口元に運ぶ。パクリと彼が中身を含んだのを確認するとレンゲを引いた。 「まさか全部食べてくれるとは」 空の器をトレーに戻してなまえが洩らす。熱がある時は食欲も落ちるので正直全部は食べられないだろうと思っていたのだが。 「なまえが作って、食べさせてくれるオプション付きじゃあな」 残す訳にはいかないだろ?と微笑まれる。 誰に頼まれたでもなく自らレオンに俗に言う「あーん」を決行したのはなまえ自身。辛そうな彼を見ていて少しでも負担を減らしてあげられればと親切心だった。 勿論すごく恥ずかしかったし変な気分だった。おまけにレオンも「結構照れるな」なんて笑いながら言うもんだからもう。 (…顔があっつい…風邪移ったのかな) ふう、と息を吐いていると肩をとんとんと叩かれる。熱い頬を抑えたままなまえはレオンを振り返る。 「なんですか?」 「それ」 なんだか楽しそうに差された指の先を見てみると市販の解熱剤。ああ、それの為にお粥を作ったんだと傍に置いていたガラスのコップと一緒に掴んでレオンに差し出す。 「薬早く効くと良いですね」 にこにこと笑い返しながらコップを渡すのだが、同じように笑うレオンは一向にそれを受け取る気配が無かった。 「レオン?」 さすがに不思議に思って呼び掛ける。 すると、熱なんか無いんじゃないかってくらい爽やかに彼はお約束の台詞を吐いた。 「なまえの口移しで」 時が止まる。この男は…、人が優しくしていると調子に乗って…。心の中でしっかりと悪態を取りつつ、こんな時くらい甘やかしてもいいか…なんて安易な考えに辿り着く。レオンもなんだか楽しそうだし、ここで拒否してもきっと無駄だろうし。 「…じゃあ目瞑っててください」 「わかった」 笑んだ口元のままレオンが目蓋を伏せる。 解熱剤のカプセルを一粒出して暫く見つめたあとレオンに告げた。 「はい、薬」 「ん…」 薬だけ彼の咥内に放るとなまえはコップをグッと煽って水を口に含む。 (うう…恥ずかしい) いまだ熱の籠るレオンの肩に手をついて、そっと唇を合わせる。少しずつ含んだ水を彼の咥内に流し込んで行く。飲み切れなかったそれがベッドのシーツに数滴落ちてシミを作る。既に生暖かくなった水をすべてレオンに受け渡して、彼の喉が動いたのを確認した。 「ん…終わ、……って」 離れようとしたら素早く腰に腕が絡んできてぐいっと引き寄せられた。もう一度唇がぶつかるように重なって、熱いレオンの唇に啄むように何度も触れられる。そのうちだんだん深いものに変わり、ざらついた舌がなぞられる。誘われるように伸ばした舌を吸われて鼻に付いた声が洩れてしまう。 「ンっ…」 熱い腕が腰を撫でる。密着するレオンからは先ほどから嫌と言う程に感じている熱が遠慮無く与えられる。こんなキスばかりしていたら彼の風邪の菌も全部自分に移ってくるんじゃないだろうか。ぼやけた頭でなまえはそう思った。 * 翌朝。 結局あのあとレオンが心配で家に帰る気にもなれず、彼も傍についていてほしそうだったためレオンの自宅に泊まったのだが… 「けほっ…」 「さて、仕事行くか」 昨日までの熱はどこへやら。 レオンは翌朝にはすっかり元気になっており完全に仕事へ向かう気満々だった。対するなまえは勿論そこはお約束の展開。 「…レオンの、ばか…」 ガンガンと痛む頭を抑えて彼のベッドに伏していた。恨めしそうに枕を睨むなまえ。僅か1日で風邪って移って発症するのかはさておき。 「冗談だ。なまえが昨日手厚い看病してくれたから治ったんだ、俺もしっかり恩を返さなきゃな?」 「またレオンに移ったら意味無いんですからね!…っ、」 強く発した声が自分の頭に響く。これは完全に風邪なんだろう。心なしか頭も上手く回らないし顔も熱い。 「そうしたらまたなまえに看てもらうさ」 「……ばかですかあなたは」 馬鹿は風邪引かないと言う日本の迷信を疑った瞬間だった。風邪を引く馬鹿もいる、しかも目の前に。けれど額にふわりと当てられたレオンの大きな手のひらが思ったより冷たく、なんだか酷く甘えたい衝動。 「…まあたまには悪くないかな」 冷えたスポーツドリンクを持ってきてくれたレオンの顔は、何だか楽しそうだった。 *fin* next → あとがき。 |