レオンの耳にプツリと、張り詰めていた糸が切れるような音が届く。
「アメリカ人はアメリカ人同士…」
「……じゃないですか」
リアに対する文句をまだ続けるレディアの声に混じって、小さな落ち着いた声がオフィスに響いた。レディアに圧倒されていたオフィスの人間やレオンはそんな小さな声を目敏く聞き取っていて、声の主に視線を向けた。
「そんなこと貴方に関係ないじゃないですかっ!」
「リアっ?」
キッと凄みをきかせてリアが顔を上げてレディアを睨んだ。一瞬だけレディアが怯む。
「わたしの悪口言うなら許せるけど、日本人の事を悪く言うのは許せません!小言?陰険?せっかち?貴方みたいに時間にルーズでだらしのない日本人だってたくさん居ますし、堂々と悪口言ってくる日本人だって何人もいます。だいたい、毎日毎日飽きもせずに一時間遅刻してきて何やってるんですか?やっと出社したと思ったらすぐに化粧室に籠って化粧直しして、仕事なんだと思ってるんですか?お遊びじゃないんです。やる気がないなら帰ってください!」
ピシャリと空気が張り詰めた。
思わず他のエージェントたちまで背筋が伸びる。リアの隣にいたレオンでさえいつもより背筋が伸びていた。
「な、な…」
「確かにわたしは背だって一般的な日本人女性の平気身長だし、胸だって大きくないしスタイルだって所詮日本人体型ですよ、でも!」
リアがレオンより一歩前に出てレディアを睨んだ。
「貴方より、レオンの事愛してます!」
空いていたデスクにピシャリと書類の束を叩き付けてリアはオフィスを出ていった。
「…………」
再びオフィスに静寂が訪れる。
レディアはへたりと座り込む。
突拍子も無く愛の言葉を向けられたレオンも鳩が豆鉄砲食らった様な面持ちだった。
「あーあー、リアのこと怒らせたらダメだよレディア」
三十秒くらい静寂が続いた後にオフィスの入り口から暢気なイヴァンの声が聞こえた。
「日本人てね、怒ると怖いし頭良いから正論述べてくるだろ?ファックだのビッチだのしか言えない頭弱い俺らじゃ太刀打ちできないよー」
スタスタと歩いてイヴァンは自分の席に着こうとリアの打ち付けた書類を回収してレオンの横を通り過ぎる。
「あんたも、リアに見合う男になったら?」
カタリと椅子を引いてイヴァンは腰を下ろした。そんな彼の行動で漸く止まっていたオフィスの時間が動き出す。
レオンは座り込むレディアに手を差し伸べて口を開いた。
「悪いな、レディア」
「あ…い、え」
リアのマシンガントークに驚いて放心状態だったレディアはレオンに話し掛けられてはっとする。
「でも、君がなんて言おうとリアは俺にとってとても魅力的だし、君には無い俺を惹き付ける力を持ってるんだ」
ゆっくりとレオンの手を借りて立ち上がるレディア。
「それに、俺も誰にも負けないくらいリアを愛してる。だから、彼女を悪く言うのは許せないな」
ぱっと手を放してレディアの横を過ぎ、レオンもオフィスから消えた。
残されたレディアは反省したのか一度俯き、出しっぱなしになっていたリアの椅子を彼女のデスクに戻していた。
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