‐Heisse Schokolade‐
(ThanxGiving Dream Vol.15)
(ThanxGiving Dream Vol.15)
「ああ、そこまではこの間の授業で全て説明を……」
「あ、あの!クラサメ士官!」
0組へ向かう途中の廊下。歩きながら今度の授業の打ち合わせをしていたクラサメとフィアは彼を呼ぶ可愛らしい声に足を止めた。
「君は?」
声のした方へ振り向くとくりっとした丸い瞳が印象的な小柄な候補生が何かを後ろ手にもじもじと立っていた。マントの色からして4組だろうか。
しかし呼び止められた当のクラサメはその候補生に心当たりが無いのか、少しの沈黙が3人の間に流れた。
「は、はい!あの、4組の、マユリって言います!」
あまり居心地の良い沈黙ではないそれを破り、彼女は自分の名を名乗った。
名前を言われてもクラサメは特に顔色を変えない。彼はどうやら彼女のことは知らないようだ。
「私に何か用か?」
呼び止めたからには何か用事があるのだろう。きっと彼は今の心の中でそう思ったに違いない。
(あ、もしかして)
そんな2人を尻目にフィアはマユリの“用事”が何なのか大体検討がついてしまった。自分も候補生の時はこの日が近づくにつれワクワクと言うかドキドキと言うか、何かいつもと少し違った気分を感じていたものだ。
恐らくこの候補生はクラサメに陰ながら憧れ(と言うより淡い恋心とでも言うべきだろうか)を持つ女子の1人で、後ろ手に隠しているのはチョコレートかガトーショコラか。そんな今日の日付は2月14日、バレンタイン。
「あ、あの。はい、えっと」
恥ずかしいのだろう、もじもじと照れくさそうに話を切り出そうとするマユリはどこか可愛かった。
(あれ、でも)
よくよく考えてみると彼女のために自分は今ここにいない方が良いのではないだろうか。ひょっとしたらこの雰囲気を読んで立ち去った方が良いのではないだろうか。
(告白、するのかな?)
しかし多分クラサメは少し足を止めただけで、話が長くなるのなら時間がある時にと断る気がする。けれどフィアとしては「この武官空気読めない」と思われるのも良い気はしない。
(っていうかその前に、わたしクラサメさんの恋人なんだった!)
あまり大々的に好評していない所為か時たま忘れそうになる事実。だとすると彼女としてここにこのまま我が物顔で居座るべきか、それともそこは大人の余裕と言うことで立ち去るべきか。
「こ、これ!受け取ってください!」
(!)
ああでもないこうでもないと思考を巡らせていると候補生の方から先にアクションされてしまった。
これ、と言って彼女が差し出したのは可愛らしくラッピングされた透明な袋。中には私を食べてと言わんばかりの美味しそうなガトーショコラらしきものが入っていた。
「私に、か?」
これはまずい。
このままでは自分は“空気の読めないクラサメの横にいつもいる女武官”というレッテルを貼られてしまう予感がする。候補生の、しかも女子たちの噂の回りは早い。慌ててどこか身を隠せる場所でもないかとキョロキョロして、たまたまそこにいたナインと目が合いニヤリと笑われてしまった。
「は、はい!あの、私クラサメ士官のこと、ずっと……!」
え?本当に告白するの?
そう思った時だった。スッと、クラサメは手を出して彼女の言葉を制した。
「すまないが甘い物は得意ではないんだ。私が貰っても無駄にしてしまうだけだ」
冷たく聞こえるような言葉だったが、その声音は少し優しさを含んでいた。いつも隣にいるフィアにはそれがわかった。
「そうなんですか……、すみません」
「いや、悪いのは私の方だ。誰か別の者に渡してやってくれ」
“別の者”になんて渡せるわけないだろうに。天然なのか本気なのかはわからないがクラサメはそう言うと候補生に背を向けた。
*
「あの、クラサメ士官」
昼過ぎ。
昼食を共にしようと休憩時間にクラサメを探しに軍令部に来ると丁度別の武官が彼に話し掛けているところだった。
どうやら彼も今ここに来たらしく、扉を開けると見慣れた軍服の燕尾部分が目の前にあった。
「これ今朝からクラサメ士官に渡してくれ、って預かってる荷物なんですが」
「……段ボールごとか?」
大きな段ボール箱を抱えた武官。
「いえ、1つ1つ預かっていたら最終的にこの段ボール箱分の量に」
溜め息をつく音が聞こえる。
クラサメだろうか?
しかし溜め息をつきたいのは。
(クラサメさんやっぱり、密かに女子から人気あるんだよね)
常に冷静な判断が出来、自分にストイックかつ他人にも厳しい。すっとした切れ長の目に整った顔。確かに女心をくすぐる要素は持っている。
溜め息をつきたいのは彼女の方だ。
(バレンタイン、ね)
言い訳ではないが忙しさにかまけて特に何も準備はしていない。彼もあまりそんなこと気にしない性格だけれど。
(……あげた方がいいかな)
別パターンの没
*
それにしてもどうしたものか。
フィア自身もすっかり忘れていたが今日はバレンタインらしい。自分が候補生の時はさすがに気合いを入れてチョコ作りに励んだりはしたのだが。
一先ず今日1日のやるべきことは全て片付けている。せっかくバレンタインだと気付いたのだし日頃の感謝を込めて何か自分もクラサメに渡そうかとフィアは廊下を歩きながら1人考えていた。
「クラサメさんって甘い物苦手だったっけ……?」
先程そう言って断っていたからそうなのだろう。けれど候補生時代に渡した時は喜んで貰ってくれていた様な気がする。
「もしかして捨てられてたとか?」
まさかね〜、と心の中で1人突っ込む。
しかし何か渡すにも今から街に行って材料を調達して作って……と、とても今からでは間に合わない。
「やっぱり今年は諦め……」
諦めよう、と思った時。
突然ピンと良いアイディアが浮かび、ポンと自分の手を叩いた。
「これでいいや!」
*
「クラサメさん、お疲れ様です」
夜。
クラサメの部屋で彼の仕事を手伝っていたフィアは彼の机にそっとマグカップを置いた。
「ああ、ありがとう」
黙ってペンを走らせていた手を止めて、フィアを見上げるとそれを一旦ペン立てに置いた。
「ちょっと休憩したらどうですか?」
言いながらクラサメの肩をとんとんと叩く。
以上(笑)
最後まで書ききれませんでした…