また、新しい星に来た。今度はラトニークという緑の星。ラトニーク人はとても礼儀正しくて良い人ばかりだった。しかしラトニーク人がどんなに友好的であろうと私の人見知りな性格は変わらないもので。天馬たちを中心に盛り上がっている輪の中に、私はなかなか入れないでいた。少し遠くから皆が楽しそうに話している姿を眺めていたのだが、それもだんだんと虚しくなってきて私は座っていた切り株から立ち上がる。どうせ輪の中に入れないならば一人で散歩でもしよう。



「やっぱり綺麗だなぁ…」

 しばらく森の中を歩きながら、そんな独り言を零す。この星も地球と同じ丸い形をしているのに、地球とは全くの別世界だ。さらさらと心地の良い風が頬を掠る。するとどこからか声が聞こえた。耳を澄ましてその声を聞いてみると、おそらくその声の主は二人組なのだろう。とても楽しそうに会話をしているようだった。
「すげー!すげーよリュゲル兄!」不意に聞き取れたその言葉に私は一人で首を傾げる。(りゅげるにい?)ラトニークには不思議な名前の人がいるらしい。私はしばらくその声と自然の声を聞きながら散歩を続けた。

 あれからどれくらい歩いただろう。私は少し足が疲れてきたから休憩しようと思い近くにあった岩の上に腰を下ろす。ふう、と薄く息を吐いて、木の葉に隠れてほとんど見えない空を見上げた。
(皆、何してるのかな)
そんな事を考えながら自然の声に耳を傾ける。もう楽しそうな二人組の話し声は聞こえなくなっていた。しかし代わりに、
「ガンダレス、どこにいるんだー!?」
と少々焦ったような大声がどこからか聞こえてくる。
(がんだれす?)それも名前なのだろうか。私がまた首を傾げたと同時に、近くの草がガサッと乱暴にかき分けられ、そこから白くて綺麗な顔がひょこっと覗いてこちらを見つめた。

「!!」
一瞬ホラーな展開にも思えたが、その顔があまりにも整っていたせいでホラーのホの字も感じられず、私は単純に驚いて岩から立ち上がる。私が驚いたのを見てその人物もびくっと肩を揺らした。

「! …もしかして地球人か!?」

(あれ、この声って…)さっきの二人組の声と似ている。いやきっと本人だろう。私を見つめたまま私以上に驚いているその人物に、私はなるべく優しく声を掛けた。
「う、うん。そうだよ」
それが私と彼の、限りなく終わりに近い始まりだった。




「…〜それでな、ガンダレスはいつも……」
「へえ、そうなんだ」
「そしたらガンダレスが……」
「…へえ、そうなんだ」
「ガンダレスはな、……」
「………」
「おい名前、なんで無視するんだ!」

あれから彼、リュゲルとは随分と長い時間いろんな話をした。私は喋るのが得意ではなかったからずっとリュゲルが喋りっぱなして、私はそれに頷いたり相槌を打つだけ。しかしそんなのもだんだんと続かなくなってきた。小さく頷いたつもりだったのだがリュゲルは気付かなかったようだ。プンプンと聞こえるはずのない効果音を出しながら私にずいっと顔を近づける。

「もしかして名前は楽しくないのか?」
「えっ、いや、そうじゃなくて…」
「そうじゃないなら何だ?」
「…う、うーん……」

私が逃げるように視線を逸らして黙り込めば、リュゲルは私を急かすようにまた顔を近づけた。(ち、ちかい……)相手は少なくとも私とは違う星の人なのに、どうしてか心臓がバクバクと音を立てる。私は異星人フェチにでもなってしまったのだろうか。そんなことを考えてるうちにリュゲルはまた「名前」と追い打ちをかけてくる。

「……喋るの、あんまり得意じゃないの」
「そうか、それはつまり、"人見知り"ってヤツだな」
「! その言葉、どうして知ってるの?」
「ふっ、それは"企業秘密"だ」
「そんな言葉まで知ってるんだ!」

素直に「すごい!」と笑顔で言うと、リュゲルの顔が一気に紅く染まった。

「リュゲル?」
やっと明るくなった空気は一転して、一気にふわふわした空気になる。リュゲルは私から目を逸らして余計に顔を赤くさせた。何か言いたいことでもあるのだろうか。(あ、もしかしてトイレ行きたいのかな…)私がまたリュゲルに声を掛けようと思った時だった。

「っ……名前、その、地球では…」
「?」

何やらもごもごと口籠っているリュゲルを見つめながら私はリュゲルの言葉を待つ。しばらくするとバッと顔を上げたリュゲルが私の両頬に手を添えて真っ赤な顔のまま言った。
「えっ、」
突然のことで私は頭が回らない。

「す、"好き"で、合ってるのか…?」
「う…うん?急にどうしたの?」
「だからその、」

リュゲルは言葉よりも先に、私の唇に自分の唇をくっつけた。不器用なキス。というよりもこの星ではこれを"キス"というのだろうか。よく分からないことだらけだが、私の心臓が、身体が、これでもかというくらいに反応してしまっていることだけは確かだ。だんだんと顔が熱くなって、思わずリュゲルから目を逸らす。リュゲルは沈黙など作らずすぐに口を開いた。

「さっきから、名前を見ていると心臓がドキドキして止まらない」
「!……」
「これは、地球では何て言うんだ…?」

名前、と少し掠れた声で名前を呼ばれてまた体温が上がる。
(そ、それってつまり……)
私はこんな性格だから今までずっとまともな恋なんてできずに生きてきた。そりゃあ好きな人や気になる人ができたことくらいはあるけれど、付き合うなんて、ましてや気持ちを伝えるなんてできるわけがない。だからこれからもずっと今までみたいな人生を送るのだと思っていた。好きな人ができて、その人を想って幸せになって、でも恋は実らない。それで良かった。だけど、どうしてだろう。
(…私も、心臓がドキドキして止まらない)

「はじめて"名前"を見た時から少しずつ、俺の体がおかしくなってるんだ」
「……あ、あのねリュゲル」
「!」

私の頬に添えられたままのリュゲルの手を上からぎゅっと握って、私はリュゲルを見つめた。顔が、すごく近い。心臓が破裂してしまいそうだ。リュゲルの顔も真っ赤になって、何だか可愛く見えてしまう。

「…それは…"一目惚れ"かもしれない、ね」
「ひとめぼれ?…そうか、ひとめぼれか!」
途端にリュゲルはぱあっと嬉しそうに笑って私を見つめ返す。どき、心臓がまた跳ねた。私の手が熱いからだろうか、リュゲルの手は冷たかった。それとも生きている星が違うからだろうか。
(……リュゲルは、)リュゲルは私と違う星に生きている。私がそんなことを考えたと同時にリュゲルが真剣な声で言った。

「名前が生まれたのは、地球だろ」
「!………うん」
「そして俺が生まれたのは、ファラム・オービアスだ。俺たちは…」
「…ふぁらむ…え?」
「ん?どうしたんだ名前」
「リュゲルって、ラトニーク人じゃなかったの?」

そう言うとリュゲルは途端に大きく笑って、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「名前は本当に可愛いな!おっちょこちょいだ!」
「!」
("おっちょこちょい"も知ってるんだ…)
「…リュゲルは、すごいね」
するとリュゲルは私の言葉に首を傾げた。私はそんなリュゲルを見つめたまま、うるさいくらい騒ぐ心臓なんか無視してありのままを口にする。

「………私も、リュゲルに"一目惚れ"したのかも…」
「!」

リュゲルの目が見開かれて、唖然と私を見つめていた。しかしすぐに真っ赤になって、「ほ、ほ、本当か!?」とうるさいくらいに問い詰めてくる。何度も言わせないでほしかったが、今は何度でも言いたい気分だ。
 私は異星人に恋をしてしまった。

「さっきも言ったが…」
「?」
「名前を見てるだけで、心臓がドキドキして体中が熱くなる…こんなのは、始めてだ」
「!っり、リュゲル…」

(リュゲルの星の人は皆こんな感じなのかな…)それにしてはちょっと単刀直入すぎる。でもリュゲルと話しているだけで、こうして隣にいるだけで、心臓は止まることなく騒ぎ続けているのだ。こんな恋は始めてだし、そもそもこうして異星人と想いを交わすことすら始めてで何をどうしたらいいのか分からない。少し焦っている私に、リュゲルは甘く痺れるような声で言った。

「ひとつだけ、俺も知ってるんだ」
「え?」
リュゲルは少しばかり自慢げに笑いながら、また私にキスをする。そしてゆっくりと唇を離してから、私の耳元でこう言った。


「愛してる」





 禁断の愛なんてものを軽く超えてしまっているし、きっと明日にはリュゲルと離れ離れになってしまうのだろう。もう二度と会えないだろうし、二度とこの声も、綺麗な瞳も、ひんやりとした掌さえ。聞くことも見ることも触ることもできなくなる。それでも今だけは、この恋を実らせても良いだろうか。始めてこんなに好きになった人が、たとえ自分と同じ"人"じゃないとしても。
色んなことを考えながら、私はリュゲルの手を強く握った。


「今が幸せならそれでいいのかな」


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -