「イシガシさんってかっこいいですよね」

 にこりと可愛らしく笑った地球人の少女にいきなりそんなことを言われ、私はうろたえる。「そんなことはありません」きっぱり否定をしてやりたかったのに、情けないことに意思に反して言葉は尻すぼみになっていく。
 はっきり言って私は女性に対しての免疫というものが全く無かった。容姿を褒められる事など生まれてこのかた一度もなかったし、「ですよね」等と言われても自分の姿を見てかっこいいなどと思ったことは一度もない。寧ろ女性のような身体つきとこの顔を見るのは何となく嫌で、少女がかっこいいと評価した自分の見た目全てが嫌いだった。イクサルにいた頃から何度女性に間違えられたことか。アースイレブンの案内係として職務を遂行していた時にも…たしか、野咲さくらだったか、あの娘に一度聞かれてしまったんだ。「イシガシさんって女の人ですよね?」と。あの時の私の顔といったら、想像するのも嫌になるほど歪んでいたことだろう。すぐに自分の質問が失礼にあたることを理解した野咲選手は「ごめんなさい!」と謝ったのだが、その時後ろにいた何名かの地球人も驚いたような声を上げていたので彼女と同じことを思っていたのだろう。どうやら私のこの顔が女性に見えると言うのは全銀河共通事項のようだ。憎らしいにも程がある。

「私は、自分の顔が好きではありません」
「どうしてですか?」
「……女性によく、間違えられるので」

 そう言うと驚いた顔をしていたが、すぐにくすりと声を立てて微笑んだ。「そりゃまぁイシガシさん、綺麗なお顔立ちをしていらっしゃいますから」と他人事のように笑う彼女に少し苛立つ。それはそうだ、他人事なのだから。しかしそれは女性である彼女が女性らしい姿を持って生まれて来ているから言えることで、もし男のような体格をしていて男に間違えられたら嫌な気分にもなるでしょう。
 けれど、ああ、それは口に出すのも憚られる暴言だ。相手は地球代表アースイレブンの一人で、私はただの案内係。感情的になってはいけない。これはただの雑談だ。試合を明日に控えた彼女の暇つぶしに相手をしているだけなのだから、ここは押さえなければ。ここでなにか問題を起こしては後々面倒だ。

「私は男性だとわかってましたけどね、イシガシさんのこと」
「…そうなのですか」
「ええ、さくらたちはずっと勘違いしてたみたいですけど、私が男性だって言い切ってしまったので気になって聞いてしまったんだと思います。ほら、この間の…」
「ああ、それで、」

 間違いを正してくれていたのであればこの少女に罪はないだろう。素直にお礼の言葉を述べればあまり大きくはない手をぱたぱたと振ってはにかむような笑顔を私に向ける。「いえいえ。嫌ですよね、女の人に間違えられるの」眉尻を下げて苦笑交じりにそう言った彼女はふと、思い出したようにジャージのポケットの中に手を入れた。ごそごそと掻きまわすように手首を捻ると中にはたくさんのものが入っているのか、なにやらかちゃかちゃといろんな物がぶつかる音がしている。一体何を探しているのだろう。その様子を何も言わずに眺めていると、少し時間を掛けて漸く少女は目的の物を取りだした。見たことのない形は何に使うモノなのか想像もつかない。まさか武器の類ではないだろうと若干の警戒心を持ちながら「それは?」と聞いてみると「手鏡ですよ」と返ってきた。

「ほら、見てくださいイシガシさん、私とイシガシさんが映ってます」
「…はい、そうですね」
「うーん、やっぱりイシガシさんかっこいいや。一緒に映ってるとなんだか照れちゃいます」

 くすくすと恥ずかしそうに笑う少女は、一体何がしたいのだろう。全くもって意図が読めず、思わずそっけない態度を取ってしまった。鏡に映る私の顔は少しだけ不機嫌そうに見える。ああ、何をしているんだ私は。地球人の少女とこんなことをして。職務の一端とはいえこのままではオズロックに怒られてしまいそうだ。早くこの少女と離れたい。その感情は、鏡越しに少女にも伝わってしまったらしい。それまであどけなく笑っていた彼女は急に実年齢よりも大人びた穏やかな表情を見せ、私はその変化に僅かに息を呑んだ。鏡に映る私の顔に音もなく細い指が触れる。

「肌、とてもきめ細やかで滑らかです。きっとつるつるなんでしょうね。切れ長の眼は少しきつそうですけど、綺麗な萌葱色をしています。ガラス玉みたいで本当に綺麗。眉はきりっと整っていて形がよろしい。真面目そうな印象を人に与えていそうですね。鼻は高すぎず低すぎず、顔立ちに合っていてちょうどいい。いつもきゅっと結ばれている小さめのお口はなんだか理知的でいいですね。地球人と少し違う髪質はさらさらと流れるようにして纏まっています。艶もあるし、全体的にバランスが良い」

 鏡をなぞりながら一つ一つ丁寧に私の見た目を褒めていく少女に、思わず言葉を失ってしまう。完全に混乱してしまって、どうしていいかわからない。何を言っているんだこの娘は。私は自分の見た目が嫌いだと、初めにはっきりと伝えたはず。なのにどうしてそんなことを。
 …いや違う、違うんだそうではなくて。
 外見を、それも女性に褒められることに全く慣れていない私は、既に羞恥で顔が酷い熱を帯びていた。鏡越しに私の肌に触れる少女の白く細い指も相まって居た堪れない気持ちになる。どうして平気な顔でそんなことができるんだ。必要以上に褒めちぎるような言葉を恥ずかしげもなくなぜ口にする。私は別に褒めてほしくて自分のコンプレックスを話したわけじゃない。ただ、意味もなくそういう話題を振られるのが嫌でそれを察してほしかった。それだけだというのに…。
 からかわれているのだろうか、私は。こんな幼い地球人の少女に。

「も、もう…いいですからっ」
「あら、残念です。イシガシさんの素敵なところ、まだまだたくさんあるんですけどね」

 嫌がられちゃったのでここまでにしておきましょう等と茶化すように笑う少女の顔を見ることができない。ああ、もう。どうして私はこんな、まるで女性のように顔を赤らめ二人きりのこの状況を気まずく思っているんだ。私にとって少女は異星人で、しかもまだ幼い子供だというのに。なぜ、こんなことに…。視線はとっくの昔に鏡からも少女からも逸らされていて、ふわふわと定まっていない。それにどうしようもなく居心地が悪かった。髪に触れたり自分の手を触ったり落ち着つきのない行動を取っている時点で、私は少女の出す陽だまりのような柔らかく温かい空気に呑まれてしまっているのだ。
 私のこの情けない様を見て、少女はおかしそうにくすくすと声を立てた。「イシガシさんの素敵なところ、また発見しちゃいました。恥じらっている姿はとても可愛らしいです」なんて言われてしまったら、もう何も言い返せない。ああもう、本当に早く、この娘から離れたい。恥ずかしいなんてもんじゃない。生き恥を掻かされているみたいだ。全く、地球人とはみんなこうなのだろうか。からかうのもいい加減にしてほしい。

「私が言いたかったのはですね、イシガシさん。あなたはとても素敵なお顔立ちをしてますよってことです。良いところをあげるだけで、こんなにたくさんあるんです。ご自分のこと、どうか好きになってあげてください」

 素朴な形をした口元に手を当てくすりと可愛らしく笑ったあと、優し気な表情は変えないまでも至って真面目なトーンで少女は語った。その言葉に私は目を見開く。顔の火照りがすっと冷え、冷静に頭が働くようになってきた。綺麗で女性らしいその声がやけに耳に残る。
 ああそうか、そうだったんだ。漸く理解した。この娘は私をからかっていたんじゃない。私に自信を付けさせたかったんだ。知らず知らずのうちに自分の顔をぺたぺたと触っていた私は、彼女の言葉を小さく繰り返した。

「……自分を 好きになる、」
「そうです。私はイシガシさんのこと、ずっと綺麗でかっこいいと思っていました。あなたの全部が、好きですよ」

 ふわりと柔らかな笑顔を私に向け、少女は手鏡を差し出してきた。鏡の中の私はお世辞にも綺麗ともかっこいいとも思えない、なんとも複雑そうな顔で私を見ている。ただ、そう。よく考えると、鏡を見ても嫌な気分にならなかったのは彼女が掛けた数々の優しい言葉のおかげなのだろうか。映っているのはやはり女性のような自分の顔で、それは何一つ変わっていない。けれど、不思議と心は穏やかだった。少女の言葉は私を変える魔法なのかもしれない。自分のことも、お節介な異星人の少女のことも、少しだけ好きになれた気がした。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -