明日、地球がなくなる。
世界規模で一斉放送された情報は揺るぎない事実のようで、何でも直径数キロ単位の隕石が地球に向かってきているとか。それを裏付けるかのように気温は冬が近付いているというのに上昇する一方。パニックを起こした世界中の人々は目の前に迫る恐怖と不安を振り払おうとして、各地で犯罪を起こしている。そんな中、日本だけは唯一平和が保たれていた。むしろパニックを起こしているのは天人の方で、我先に星へ還らんと日本中の天人がターミナルに集まっていて、こっちのほうが犯罪よりも大変そうだ。
かくいう私も、例外ではないのだけど。
昨夜、来週の頭にみんなでキノコ狩りをしようという話が出たばかり。暑さと寒さが入り混じったこの時期、普通のキノコだけじゃなく松茸もたくさん採れるという広告を見つけた近藤さんが発案したものだ。仕事が一段落した土方さんも、暇を持て余している沖田さんも、相変わらずミントンで忙しい山崎さんも、全員一致で賛成の声をあげ、明日は土方さんと軍手や動きやすそうな服を見に街へ赴く予定、だった。
楽しみにしていた一瞬を打ちのめされて、いったい誰が絶望しないというの。
予定は未定というけど、まさかそんなもののせいで崩壊するなんて誰が予想できただろう。創造力豊かな作家さんや計算高い発明好きな博士だって、空想の世界だと考えていたに違いない。涙で明日が見えないなんて洒落た言葉があるけど、今はまさにそれ。一層、世界が崩れる瞬間なんて見えなければいい。
もう一生、目を開けたくない。
「そうか?俺は最後にきみの笑顔が見たいけどなァ!」
覆っていた両手から顔をあげると、そこには隊服に身を包んだ近藤さんの姿があった。おかしいな……今日は非番で、まだ平穏だった昨日はお妙さんのところへ行くと意気込んでいたのに。
ガハハと相変わらず豪快に笑ってから、近藤さんは少しだけ淋しそうに笑う。
「やっぱり……ここに居たんだな。ずいぶん探しちまったよ」
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉を紡いだそれはひどいくらい掠れていて、ちゃんと届いたかどうかも解らない。
わたしがいつも弱ってしまったとき、真っ先に悟り、励ましてくれたのはミツバさんだった。背中をさする柔らかく、優しさの詰まった温かい手のひらはわたしだけじゃなく、きっとあの沖田さんが好きなもののひとつだったように思う。それほどまでに不思議な力を持ったミツバさんの手のひらに、わたしは幾度となく救われてきた。減るものじゃないからいつでもおいでと言ってくれたミツバさんの優しさに甘えたわたしは今も尚、ミツバさんに縋ってしまう癖がある。そうして気付くと、ミツバさんの墓前に立っているということもよくある。
今日もまた、その日に加算される。
「……怖くなったか?」
「怖くは、ないです」
罰当たりかもしれないけど、墓前に腰を下ろしているわたしの隣へ同じように腰を下ろしながら、近藤さんはわたしに問うてくる。怖いのかと聞かれれば、それはきっと違う。
「ただ、もう……会えないから」
背後にある、冷たい墓石に指を這わせる。ずっと甘え、頼り、縋ってきたミツバさんにお礼も言えず、去ることはできない。天国で会ったとき、合わせる顔がない。どうしようと揺らいでいたら、足は自然とここに向かっていた。
体は本当に正直だ。
「キノコ狩り行けなくなっちゃいましたね……」
「そうだな」
「採れたての松茸、食べてみたかったです」
「……俺もお妙さんのプレゼントにする計画があったのに。ぐすん」
「ふふっ。きっと山崎さんは一本も食べられないんでしょうね。沖田さんが独り占めしちゃって」
「トシの奴も似たようなことになりそうだな」
「最後だからって、絶対優しさを見せないのが沖田さんですからね」
ふと、会話が途切れる。同じ目線にある近藤さんの顔が、どんどん滲んでゆく。
こんなにも楽しいのに。失くしたくないたくさん思い出があるのに。まだまだ、もっとたくさん、いっぱい、一緒に居たいのに。どうして、大切なものが何であるかを気付いた頃には、既に何もかもが手遅れなの。
ふわっ
「!」
「ミツバ殿がな、よく総悟にこうしてやってたんだ」
ぐっと引き寄せられたのは近藤さんの胸の内。耳がぴったりと近藤さんの体にくっついていて、トクントクンと規則正しい鼓動が聞こえる。
心地良い、自然の音色。
「人は他人の鼓動を聞くと安らぐんだと、ミツバ殿が言っていてな。まァ、俺がやって効果があるものかどうかは判らないが……」
そうして、ゆったりと頭を撫でられる。柔らかさはないけど、しっかり優しさと温かさを持った手のひら。
「俺もムサい環境で育ってるからな、女の子の扱いだけは分からんのだよ。泣かれるとどうしたらいいのかも、な」
トシや総悟の奴だったら、うまいことやるんだろうがなァ……。
言って、空を仰ぐ近藤さんに、不思議と更に涙腺が緩む。何を言っているんだか、この人は。どうしたらいいか分からないのは不器用ゆえでしょう。優しすぎるから、だからこそわたしを抱きしめたんでしょう。きっと本人に言っても分かりはしないのだろうけど。
「そん……なこと、な……い、です……っ」
「あああっ!なな何で泣くの!?嫌だった!?オジサンそんなに臭かった!?」
何がなんだか。けど、こんな人の下に居たからこそ、わたしは今こんなにも泣いているんだろう。だからこそ、こんなにも明日を迎えることを拒絶しているんだろう。
「よ、よし!そこまで言うんなら、行こうかキノコ狩り!」
「……え?」
「あ……あれ、違った?キノコ狩りに行けなくなったから泣いてたんじゃないの?」
キョトンとする近藤さんに、思わず吹き出す。不器用なんだか天然なんだか、つくづくあの組織の人間は掴みどころない人たちばっかりだ。
何に笑っているのか分からないんだろう、おそらく目の前にいるのが土方さんでも沖田さんでも、山崎さんでも、おんなじ反応をするに違いない。似ていないようで、芯は似ている人たちばかりだから。
「いいですね。行きましょうか、キノコ狩り」
「よーし!じゃあ今からあいつらを呼ぶとするか!」
「携帯忘れたんで、お寺で借りましょうか」
「そうだな!」
ほぼ同時に腰をあげ、まったく同じタイミングでミツバさんの墓石に向き直るものだから、ふっと笑みが綻ぶ。まさか放った言葉までもが同じだとは、近藤さんも予想だにしなかっただろう。
どうやら似ているのは彼らだけではないらしい。
「「一緒にいかがですか?」」
366日目の浸水
(091102)