耳に付けているインイヤーモニター型通信機に手を当てながら、まるで迷路のような内装に思わず舌打ちをかます。ブロックで出来ている壁は想像していたよりも圧迫感があり、もともと気が長い方ではない俺にとってそれは苛立ちを増幅させるもの以外の何者でもない。扉を見つけては中から物音がするかを確認してから開け放つという単調な作業にも嫌気が差してきている。まとめて爆破したい衝動に駆られるが、それを見事に見抜いたリボーンさんにマイクの向こう側から『変な気ィ起こすんじゃねーぞ』と釘を刺される。さすがリボーンさん!……まぁ、爆破しちまったら、あいつも御陀仏なわけだから、決して実行することはないが。
俺が単独でこのビルにやってきたのは他でもない、誘拐されたナマエを救出するため。昔から何かとボンゴレファミリーを目の敵にしていたというファミリーが宣戦布告の第一声として行動に移したのが彼女を人質に取ることだった。十代目にボスの座を譲り渡せと話す相手に、出来るだけ時間を稼いでやるからあいつを救出してこいと言ってくれたリボーンさんの言葉に甘えて、俺は敵陣であるこのビルに乗り込んだ。情報は極めて少なく、ただはっきり分かっていることと言えば、このビルの部屋のどこかに彼女が捕らわれているという漠然としたことだけ。新しい情報が入り次第連絡するから常に付けていろと渡されたインイヤーモニター型通信機を耳に取り付け、俺はビルの中を走り回っているが、一向に見つかる気配がない。一人ぐらい敵ファミリーと戦闘になることも頭に入れていたが、不思議なことにまだ誰一人として出くわしていない。どうなってやがると不快に思いながら、永遠と続く廊下を走っていると、その脇に上の階へつながる階段と平行して、ぽつんと一つだけ扉があった。壁に張り付きながら確認のため、俺はマイクに向かってリボーンさんに話し掛ける。
「リボーンさん、また一つ部屋を発見しました」
『人の気配はあるか?』
「……いえ、物音一つしません。ですが、違和感はあります」
『なら、お前の直感を信じて飛び込め』
「え゛っ……!」
油断して思わず上がった俺の声が静まり返った廊下に響く。慌ててマイクを口元に引き寄せ、再度リボーンさんに話し掛けるが返ってきた言葉は先ほどと変わらなかった。
『獄寺、お前がそこで抱いている違和感はもしかしたら俺やツナじゃ感じないモンかも知れねぇ』
「……」
『お前があいつを想うことで何かを感じた可能性だって十分ある。慎重になるのもいいが、直感だって当たるときゃ当たるぞ』
「……分かりました。リボーンさんを信じます」
『俺じゃなく、己の直感を信じろって言ってんだ。ツナだって物事の大半は超直感で判断してんだからな』
リボーンさんがマイクの向こう側でニヤリと笑うのが目に浮かんだ。俺は十代目ほど良い直感を持っているとは決して思わねーし、もしかしたら柄にもなく緊張して気が動転しているだけかもしれない。それでもただ変わらずそこに在り続ける違和感に、俺は意を決してドアノブを掴む。
「突入します」
言い放ち、ドアノブを回して押し開けたと同時にダイナマイトに手を伸ばすが、それも無駄だということが分かった。部屋の片隅に、彼女が横たわっていたからだ。監視役がいないことを確認し、俺は気を失っているナマエの肩を揺する。
「おい!しっかりしろ!」
ピクリと確かな反応を示した指先にホッと安堵がこぼれる。しかし、思わず息を呑むほどのものが傍らにあることに気付き、慌ててリボーンさんに声を掛ける。
「リ、リボーンさん!」
『彼女は見つかったか?』
「は、はい。……ですが、」
『何だ、はっきり言いやがれ』
「……形は小型ですが、俺がいるこのビルを軽く吹っ飛すほどの威力がある爆弾が、彼女の腕にかけられている手錠と繋がっています。おそらくこの手錠を外すと連動して爆破する仕組みになっているものかと……」
畜生、もっと早く気付くべきだった。敵ファミリーと鉢合わせにならないのは当然だ。最初っから奴らは彼女諸共このビルを爆破する気で、とっくに避難してやがったんだ。チッと舌打ちをかますのとほぼ同時に、リボーンさんが俺の名を呼び、続けて言葉を紡ぐ。
『その爆弾の蓋を外して、中身を撮って携帯で送れ』
「え、でも電波が……」
『こいつが通じるってことは携帯も通じるはずだ。一応ボンゴレの爆弾処理班を早急に向かわせたが、時限式って可能性もある。俺が指示すっから、まずは解体しろ』
「は、はい!」
ズボンのポケットに入れておいたドライバーの入った箱を開ける。衝撃を与えないよう最新の注意を払いながら裏返し、四ヶ所に止まっていたネジを外す。蓋が外れたのを確認すると、それを起こし返し、再び息を呑む。携帯でカメラモードに切り替えながら、『俺の読みは間違ってねーだろ?』と問うリボーンさんに俺は歯を食いしばりながら言葉を返す。
「……間違いありません、こいつは時限式です。タイムリミットも五分を切ってます」
カシャっと爆弾の中を撮影し、早急に十代目の携帯に送信する。送信完了の文字が出るまで、俺は爆弾の中を再度確認した。映画やドラマで見たような作りで、カラフルなコードが複雑に絡まっている。パッと見ただけじゃ俺にはどれがどう繋がっていて、それぞれのパーツがどんな役割を果たすのか見当も付かない。『届いたぞ』とマイクからリボーンさんの声と共に向こう側からはカチカチと携帯を操作する音が聞こえる。次の言葉を待っていると、タイミングの悪いことに彼女が唸りながら身を起こした。
「……獄寺」
「よぉ。気分はどうだ?」
「……最悪。殴られたのかな、頭が割れるみたいに痛い……って何この手錠」
「間違っても外すなよ。その時は俺と一緒に御陀仏だと思え」
「……どういうこと?」
簡単に事を説明すると、俺と同期の割に冷静沈着が売りの彼女は眉を潜めながら「なるほど」と言葉を漏らした。わんわん喚かれるよりマシだが、もう少し事の重要性も認識した方がいいように思える。俺が再び彼女に声を掛けようと口を開くよりも先に、リボーンさんが言葉を放つ方が早かった。
『獄寺。お前、ペンチとかハサミとか持ってねーか?コードを切るのに必要なんだ』
「ペンチかハサミ……俺の持ち合わせはダイナマイトしか、」
「ハサミなら持ってるよ」
さすが女、といったところだろうか。あいつは傍らに置いてあったかばんからポーチを取り出し、普通よりも幾分か小さいハサミを渡してきた。軽く礼を言い、リボーンさんに準備ができたことを告げる。
『心してやれよ。間違ったら終わりだと思え』
リボーンさんの声が重く肩にのしかかる。一呼吸してから「大丈夫ッス」と答えればまた向こう側でニヤリと笑われた気がした。黒、緑、紫、赤、青、黄……カラフルなコードを言われた順に切っていき、大丈夫だと自分に言い聞かせてから切る瞬間は冷や汗もんだ。自分の命よりも、彼女の命が掛かっていると思うと、体中の血の気が引いていった。最後だという白のコードを切った瞬間、疲れと共に汗が噴き出た。「お疲れさま」とまるで他人事のように笑いながら言ってくるあいつに人の気も知らねーでと毒づく。
『これで手錠が外れる仕組みになっているはずだ』
リボーンさんの言葉を信じて一旦強く手錠を引っ張ってみるが、相変わらずそれはナマエと爆弾を繋いだまま。思わず眉間に力を込めながら外れませんと言葉を紡ごうとした瞬間、俺は切ったコードとコードの間にあるもう二本のコードに気付いた。
「リ、リボーンさん、もう二本あります……!赤と紫のコードの下に、金と銀のコードが埋まってました!」
『写メじゃうまく見えねーな』
「ど、どっちを切りましょう!?」
『獄寺、お前の直感に賭けてみろ』
「んな……っ!」
思わず引きつったような声があがる。直感って言ったって、今度は間違ったら後がない。しかも選択肢は金と銀なんていう超マイナーな配色。赤や青だったらよく目にするが、何でよりによって金と銀。明らかにこだわるところ間違ってんだろ。創作者の意図を考えている場合じゃない。残り時間はまもなく一分を切る、長く考える時間もない。金や銀の色にしたのは意味があるのか。ファミリーやボスの名前が引っかかっているのか。どちらを切ってもハズレなんじゃないか、もしくは両方をいっぺんに切らないとダメじゃないのか。様々な可能性が浮かんでは消え、整理が付かなくなる。
「獄寺、ゴールド切ろう」
今まで黙ってその作業を見ていた彼女が口を開いた。勢いよく顔を彼女に向ければ命がかかってるってのに、なぜかナマエの顔は勝ち誇っていた。
「勝算は?」
「五分五分」
「……その自信はどっから来んだよ」
「だってシルバーは獄寺の髪の色でしょ」
わたし、獄寺の髪の色好きなんだよ。
そう言って、彼女があまりにも柔らかく笑うもんだから、こんなときまで場違いなぐらい跳ね上がる心臓に比例して熱が一気に顔へと上昇する。構えていたハサミに手を添えられ、逸らした顔をまた彼女に向ければ、また勝ち誇ったような笑みがそこに。
「大丈夫。言った言葉には責任持つよ」
言ったな。生き残った暁にゃ何が何でもこの熱の責任取ってもらうからな。一呼吸付いて、言う。
「……切ります」
須
く
は
世
界
を
救
出
世界なんて大層なもんは数十年先になって守っていけばいい。ただ俺が今から救うのは先にあるこいつとの未来だけだ。
(091213)