「おおお沖田さんっ!ごめんなさい!!頂いたお手紙を読ませて頂きましたけど、わ……っ私はあなたとお付き合い出来ません!!!」

 いつも通りの昼休み。前の席に腰掛ける沖田に持参したお菓子を分け与えながら、暇つぶしに近い他愛のない話を繰り返す、はずだった。ポッキーを加えているのも忘れて口をあんぐりと開いたわたしは、飄々とした顔付きで落としかけた食べかけのポッキーをなぜか当たり前のように食べる彼に視線を向ける。そうして、まわりの空気も視線も何のその、ひたすらポッキーを咀嚼し続ける沖田から、扉の前で真っ赤な顔をし、ぎゅっと両の拳を握り締める女の子へとまた視線をやる。沖田の反応がないまま、しばらく経ち、我に返ったクラスメイトがようやく「えーっ!?!?」という、教室全体が震えるほどの声が響き渡った。あの沖田が振られた!?いや、そもそも沖田が女に告白するなんて!当の本人が反応したのは告白を断った彼女にでも、どよめく教室にでもなく、一瞬だけクラスが一丸となった悲鳴に近い声音らしく、両手で耳を押さえ、めんどくさそうに眉を寄せていた。

「うるせーな。一体何だってんでさァ」
「いや、無反応な沖田が何だって話なんだけど……」
「は?無反応だったら、あんたが落っことしたポッキーなんざ拾えるわけねーだろィ」
「違う、そういう条件反射の話じゃなくて。あんた、今振られてんだよ?」
「誰に」
「あの子に」

 体を後ろに向けている沖田に対して真反対のほうにある扉の前に立っている女の子を指し、彼もそれによって体ごと顔をそちらへ向ける。沖田はあいかわらず微動だにしない彼女をしばらくじっと見据えてから、机上にあるポッキーを一本取り出し、口に放りながら一言だけ言って退ける。

「知らねェ」
「知らないわけないでしょ。沖田に告られたって言ってるんだし」
「だったら違う沖田クンなんじゃねーの」
「このクラスに沖田はあんたしかいないでしょ」
「どこの馬の骨とも知れねー奴にラブレターを書く程、俺ァ暇じゃねェ。……おい、そこのメス豚ァ」

 沖田は扉の前に立つ女の子に向かって、とんでもない代名詞を放って彼女を呼ぶ。もちろん、その言葉に対してイエスというはずもない彼女は一通りきょろきょろと辺りを見渡した後、指されたのが自分であると悟ったらしい。ちょいちょいと手招きする沖田になぜか素直に従う彼女は、恐る恐る教室へと足を踏み込ませる。おそらく後輩の子なんだろう、わたしたち三年のネクタイやリボンが青なのに対し、その子が着けているリボンは緑だった。だとしたら、先輩しかいないこの教室に入るには非常に勇気がいることだろう。まァ、自分至上主義な上、ドSのレッテルを自ら貼る沖田からしたら、そんなことはまったくもって関係ないんだろうけど。びくびくしながら机の傍らに立つ女の子を見上げ、尚更可哀想な気持ちになる。
 よく見れば随分整った顔立ちをしている子で、モテるのは間違いなさそうだなァなんてぼんやり考える。慈悲心にも近い感情でポッキーを渡そうとする前に、沖田が手のひらを向けながら彼女に向かって言葉を投げかけた。

「受け取ったっつー手紙、出しなせェ」
「え、あっ……はい」

 ブレザーのポケットから丁寧に折り込まれたそれを女の子から受け取った沖田は、ざっと目を通す。「白」表情ひとつ変えず、その一言だけを放ると、彼はなぜか持ち主ではなくわたしに手紙を突き出してきた。内容はもちろん目の前に立つ女の子に好意を持っていることを指していたけど、着眼点はそこではない。

「うん、沖田の字じゃないね」
「だろ」
「こいつがこんな綺麗な字、書けるわけないもの」
「殴んぞ」
「だって事実でしょ」

 殴ると言われたから言葉を返したというのに、沖田はさもどうでも良さげな口振りで「そういうことでィ」とぼやく。一方の彼女は人違いをしたという羞恥と、なら一体誰がという混乱からあからさまに動揺していたけど、それよりも沖田に謝らなければと思ったらしい。深く頭を下げる女の子にドS心は騒がなかったのか、彼はやはりめんどくさそうにいいから早く行けと彼女を早々に教室から追い出した。
 ちらりと顔色を伺う要領で沖田に視線をやれば、それでも鋭い彼は気付いたのか、即座に視線をあげる。バチッと思いっきり合ってしまったものを逸らすのもなかなか気が引け、わたしは結局半分くらいしか食べていないポッキーを咀嚼しながら、何となく呟く。

「結構かわいい子だったけど、後悔してない?」
「馬鹿言いなさんな。よく考えてみな。どんな奴か知りもしねー相手にした覚えのない告白を断られた段階で、単純に腹が立つだろィ」

 ポッキーとはべつに置かれていた紙パックに刺したストローをぎりぎりと噛みながら、沖田は大きくため息を付く。もともと外見的にモテる要素は申し分ないくらいに持ち合わせている彼のことだ、恋愛沙汰に関しては数えられないくらいのトラブルに巻き込まれてきたのかもしれない。黙っているだけの器でないことも重々承知の上であるが、まさか幼いながら彼にそんな知識があったとも思えない。又、逆を言えばそういった類いを極力減らすための努力を無数に行なっているんだろう。彼がこぼしたため息はそんな意味がこもっているように気がした。

「わたしだったら、ちょっとかっこよかったら考えるかも」
「……はァ?」
「あ。でも、そうしたら本当に勇気を出して告白した人に失礼だよね」
「そこじゃねーよ。あんたも顔で決める質なんで?」
「最終的には中身だけど……外見的にも文句ないに越したことはないでしょ?」

 沖田がかじったストローを指先で正しい形に戻しながら、少しだけ温くなった飲み物を喉に通す。ブレザーの中から出てきた柑橘系の飴をひとつ沖田の手元に置き、ひとつは開けて口に放り込む。壁に掛けられた時計を見て、そろそろお昼休み終わるなァなんて考えながら次の授業で使う教科書を机の中から探していると、「なァ」と沖田が口を開く。

「そいつァ、知らねー奴でもってことか」
「んー……まァ、そんなところかなァ」
「知っていて顔が不細工なのと、知らずに顔が良いのは」
「えー、やっぱりわたし的に性格が合えば前者かなァ」
「……なら、」

 高校になってから少しだけ大きさがコンパクトになった教科書の上に置いた手を、ぐっと引っ張られる。そこまで体勢が前に出たわけではないけど、それはわたしが机の中から顔をあげるには十分すぎる動作だった。いつも通り、何を考えているのかよく分からない沖田の目と視線が絡み合う。

「知っていて顔も良い奴だったら?」

 沖田の目から視線を逸らせないまま、紡がれた言葉の意味を解釈する。一生懸命咀嚼して、深読みして、でも、出てくる答えはひとつしかなくて。そのくせ、今視線を外したら負けてしまう気がして外せないまま。震える唇が先ほどまで当たり前に口にしていた「おきた」の三文字を小さく結んだ。

「あ」
「えっ」
「次、化学だっけか」
「う、うん」
「やっべ、近藤さんから教科書返してもらわねーと」

 なかなか離せなかった視線も、痛いくらいに握り締められていた手も、なかったことのように振り払った沖田は教室から姿を消す。近藤くんのクラスは廊下の端だから、今から行ったら少し授業に遅れるんじゃないだろうか。いつものわたしなら、そんな風に考えていられたはずなのに。先ほど彼の手元に置いた飴玉がないのを確認し、まだ少し熱い手のひらを握り締めて吐息する。わたしは、どうすればいいんでしょうか。


(111110)


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