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その人は、私にとっては光そのものだった。彼自身の名前には、光とは対極の「影」の字が入ってはいたが、それでもその影は確かに私を照らす存在なのである。
掻き上げるような風が吹く。その金色の髪は太陽と手を取り合ったかのようにきらきらと乱反射を繰り返していた。倦怠感を示すように寄せられた眉でさえ、神様が手塩にかけて作り上げた一つの美術品を思わせるような、どうしようもない美しさ。陶器のような白くてすべすべした肌も映えて、私の目に映る世界は綺麗な色で満ち溢れている。
「なーに、呆けてんだよ」
迷うことなく真っ直ぐ私の耳だけに届いたその声だって、じわじわと暖かく体を蝕んでいく。
侵食される。
そのままに口に出して言えば、「はぁ?」と、より一層怪訝そうな声色。
「閃が、あまりにも綺麗で」
「いきなり何言い出すんだよ……意味わかんねー」
伸ばされた手は少しだけさ迷った後、私の髪を掬った。照れてるのか照れてないのかよくわからない表情をして、ぶっきらぼうに「髪食ってんぞ」そう呟く。縮まった距離に、どうしたって胸が疼いていた。
こんなにも綺麗で、こんなにも眩しい存在なのに、欲張りな私はまだまだ先を欲しがった。もっと触れていたいと、身体中が軋み立てながら叫んでいた。良くあるラブソングのような、ありふれた気持ちだけれど。それでも私は、自分がいやになってしまうくらいにわがままに思えたのだ。
黙りこくってしまった私を見て勘違いをしたのか、漸く熱が引いた顔を上げると閃はあ、だのいや、だの、何やらわたわたと慌てていた。違うの、拒絶じゃないの。本当はもっと近づいて欲しい。もっと触れてほしい。私を好きになって欲しい、私だけを見て欲しい。
溢れる気持ちがどんどん膨らんで、ついには抑えつけることもままならなくなる。透明な雫が、ぽたぽたと頬を駆けて行った。
「わ、なまえ!?」
いつだって、私はずるい子だ。こうやって泣いてしまえば閃のいちばん傍に居られることを知っている。わざと泣いている訳ではないのだけれど、それでもこの状況に甘んじている私は確かにここにいた。
「ごめ、んね。泣いてばっかで、ほんと、に」
止まらない。止まらなくてもいい。今私の頭を、首を、肩を、撫で付けて触れ合っている事実を一秒でも長く留めたい。それができるのは、この涙だけだと馬鹿な私は思っていた。
穢い感情が溶け出していく寸前に、生暖かいものが頬に触れた。何度も何度も、涙の跡を吸い取るみたいに啄まれる。それの正体が閃の綺麗なくちびるで、今されているのが俗に言うキスだと気が付くのに時間はかからなかった。
「泣くなよ」
鼻先が触れ合うか触れ合わないかの距離で、彼は言った。
「最近のお前、泣いてばっかですげー心配」
そうして、俺の事が嫌いかと、問われた。
「好きだよ。どこにいたって何をしたって、閃が一番好き。好きすぎて、つらい」
呼吸をぴたりと止めてしまった世界が二人を包む。こんな無音の中では心臓の音さえもが聴こえてきそうな雰囲気。言葉通り、どくんどくんと胸の内側を叩き付ける音だけが耳を支配していた。
「じゃあ、ずっと傍にいてやるから、早く泣き止めよばーか」
ほら、どんな時もその影は私の光だ。望んでいた言葉を望んでいた時に与えてくれるその光は甘やかしで、どんどん私はだめになる。でも、こうやって嵌まっていく深みなら、きっと自ら何もかもを捨てて潜ることができるんだ。
2012/5/25
これといったオチはないです目標は「会話文を少なく地の文を多く」「心情描写情景描写の強化」でした全然達成できてないわろた
要約:閃ちゃんが好きすぎてつらい
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