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影宮閃。それは私が今一番苦手とする人物の名前である。入学早々、風の噂で「美形」だとか「かわいくて優しい」だとか何かと騒がれていた時点でろくな奴ではないだろうと勝手に当たりを付けていたが、まさかこんなにも嫌悪感を抱かざるを得ない相手になるとはその時思いもしなかっただろう。友人に半ば無理矢理噂の彼の元へ連れていかれ初めて顔を見たときの印象だって鮮明に覚えている。派手な金髪、結わえられた髪は鬱陶しく、男の癖に女のような目鼻立ち。そして極めつけ、彼はその充分過ぎるオプションを飾り付けた顔を綻ばせ、よくできた笑顔で笑った。本当によくできた、作り物のそれだった。以上のことから影宮閃をことあるごとに敵対視するようになっていたのであった。それだけのことかと言う友人もいるが、私に取っては決定打に等しい。言葉を選ぶなら「生理的に無理」が妥当。同じクラスになった現在、それは益々ヒートアップしていた。
奴が体育の時間に活躍をすれば「チッ影宮失せろ」、難問を解いて見せ周りにチヤホヤされれば「チッ影宮失せろ」、という具合に。
好きの反対は無関心とは言うものの、あの目立つ野郎に無関心になれる方が無理なのだ。
そんなわけで私は密かに影宮ブーイングをしていたのだが、それが祟ってか最近やたら目が会う。見るつもりもないのに何故か奴が視界にいる。当然入ってくんなカス失せろと思うわけで、でもそれを言うことは流石に出来ないわけで。今さっきも、友達と喋る為に後ろを向いたらバッチリだ。まさか勘づかれたのかと思い始めたらそうしか考えられなくなってしまったので、イメージ改善の為に我ながら完璧な笑顔でにっこり微笑んでやったら、
「ねえみょうじさん、メアド教えてくんね?」
このザマである。
わざわざ私の席までやってきて、はじめはツラ貸せとか言われるのだと思っていた。だが一言目が上の台詞だったもので非常に拍子抜けした。
ひきつった笑みを浮かべながら口ではもちろん喜んでと歌い上げ、心ではふざけんなカマと吐き捨てる。こういう時にチキンハートは不都合なんだよね。
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「……またかよ」
耳障りな人工音で眠りから引きずり出されたというのにこの仕打ち。最早迷惑メールと呼べる勢いで届く影宮閃からのメッセージは未返信のまま募るばかりだ。つい数時間前に私がチキンぶりをフルに発揮したのが全ての始まり、いや終わりだった。内容はごく普通の他愛ないもので、今何してるか等と訊ねてくるこれまた女々しくうざったい事がつらつらと書き綴られていて、女友達からのメールすら疎かにする私に返信をするという選択肢は既に消え失せていた。
「くそまじ禿げろあのカス!!」
そう叫び振りかぶって投げ――――ようとしたその時、またもや着信音が響き我に返る。よくも話題が尽きないものだと開いたメールには先程までのとは違い絵文字のないサバサバした文体でこう書かれてあった。
「聞いてくれ。俺のクラスにみょうじなまえっていう無茶苦茶可愛くてスタイル抜群な女子がいるんだけどさ、この間からなんか良く目が合うからこれは脈アリかもと思って暇さえあればそいつのこと見てたわけ。そしたらある日すっげえ可愛くニコッてされてそれで俺勇気出してメアド聞いて、早速さっきからメール送り続けてんだけど返信が来ねえ。なあどう思う、秀?」
数秒後、間髪入れずにまた着信音。
「まちがえたちがうちがあああああああああああああああああああああああさっきのわすれてくろ」
忘れてくろだって。くろって何だ。くそっ何だこいつ。
「……かわいい」
有り得ないと考えていたのに、人って案外単純なのである。
2011/12/7
だれこれ別人
送り間違いマジで恥ずかしいよね
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