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「何やってんだ?」

新聞紙やらヤスリやらをせっせせっせと用意していると、部屋に入ってきた閃に好奇の目を向けられた。
丸く開かれた猫目が私を写す。

「いや、夏だし爪整えてマニキュアでも塗ろうかなーと」

「ほー」

ばさ、と新聞紙を床に広げヤスリを手に取る。閃は向かい側に腰を下ろした。興味深々といった様子だ。

「何?閃もやって欲しいの?何色がいい?ピンク?」

「ちげーよ発想おかし過ぎだろ」

それきり口を閉じた閃は時々首を傾けながら私の爪が整っていくのを眺め始めた。頬に粉がかかって居たので払ってやったら驚く素振りを見せて顔を赤くしながらもサンキュ、と呟いた。

「はーいベースコート塗りまーす」

「ベースコート?」

「まず最初にこれ塗ると綺麗に見えるんだって」

神妙な顔をして成る程と頷く彼に少し笑みがこぼれる。作業に戻ると再び静寂が訪れた。

透明な液体とシンナー臭、時々漏れる息づかい。会話は無いのに心地良いいつもの空間。ベースコートを塗り終わって、爪が一端乾くのを待っている時も私たちはまだ無言のままだった。

ただ黙ってじっと爪を見つめるなんてちょっとシュールだ。


「乾いたかな?」

「さあ。乾いたんじゃね」

てらてらと光を放つ爪を閃が撫でて、乾いてることを伝えてくれた。ちょ、臭い嗅ぐな。

「何色が良い?」

ガラスがぶつかる音を響かせ、私と閃の二人の間にマニキュアを並べた。
レッド、ピンク、グリーン、オレンジ、ブルー、ホワイト。私の経済力でこれだけ集められたのは最早奇跡に近い。

「うーん……」

……どうしよう、凄く悩んでくれてるんですけど。何色が良いかなんて聞いておきながらやっぱり本当は夏らしい青色を塗りたんだけど、閃は気づいてくれるだろうか、なんて。

「……これとか夏って感じでいいんじゃね」

そう言って閃が手に取ったのはターコイズブルーのそれだった。ビンゴ、大正解。嬉しくて微笑んだら閃も微笑む。

「待て」

「何?」

「俺にやらせろ」

いきなり真剣な表情になるものだから何を言い出すかと思えば。断る隙も与えないかのように、マニキュアを手に彼はやる気満々だ。

まあこの人手先は器用な方だし大丈夫だろう、それにこのキラッキラした目。こんな目をされて断れるほど私は非道じゃない。多分。ということで散々黙った後頷いた。

青が揺れる小瓶を上下に振り、私の手を取る閃。わ、ちょ、ちょっとドキドキしてきた。そんな時に追い討ちをかけるようき「お前、指なげーよな」なんて言うもんだから危うく昇天しかけて持ち直す。触れ合う指先から体温が伝わって、じんわり汗をかいた。あああもういいから私の指はいいから早く終わらせてくれ。

全部の爪に塗り終わる前に私の心臓がもつか本当に心配である。だって今さえもこんなに、

「うおぇ」

しまった変な声出た。だってビックリしたもん。必死に閃を視界から外していた(緊張しすぎて直視できるわけないんですけど!)ためか、いつの間にか始まっていた事に気が付かなかったようだ。視線を戻すと、予想通り器用に、丁寧に、海を彷彿とさせる色が指先に広がっていく。こいつ、私よりも上手いわ。

するり、するり。ゆっくりと魔法が掛かる。光沢を放つそれに吸い込まれそうだけど、それ以上にもっと私は触れる指どうしに釘付けだ。恥ずかしさのために早く離して欲しい反面、ずっとこのままでいたい矛盾。神様仏様私はなんて我が侭なんでしょう。

「なあ、手、震えてんだけど」

「うっ」

「顔も超赤いし」

「……」
不意に顔を上げた閃はとんでもないことを口にした。確信めいた笑みに、胸が疼く。

「緊張してんの?」

確実にやばい。今私の頭の中はごっちゃごちゃだ。顔に熱が集まっているのがありありとわかる。一応ぶんぶんと首がとれんばかりに頭を振るが、こんな顔で否定した所でその言葉にはどれ程の説得力があろうか。

「……い、おいなまえ!」

発せられた私の名前に気付き顔をあげた。ああ、邪念がぐるぐるしてるうちに終わったのね。まだ乾ききって居ない青色が夏の到来を告げるように光を放つ。

「おい、返事しねーとネイル代取るぞ」

「ななななにそれ酷い」

「じゃあ爪にキスすっぞ」

「……唇青くなるよ、まだ乾いてないし」

「なんでそこ冷静!?」

飾られた指先を君のそれと絡めて、今年は何処に行こうか。


暑くて甘い夏が、始まる。




2011/7/24

最後ウワァァァァァってなって投げたのが丸分かりなオチです。散髪ネタといいネイルネタといい閃ちゃんはスタイリストなのか。いっそ閃ちゃんスタイリストシリーズとして纏めてやろうか。





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