長編 | ナノ
※異能の発現に関して自己解釈・捏造を含んでいます
から、からり。がらんとした店内に氷の音だけが鳴り響く。呑気にアイスコーヒーをかき混ぜる細波さんにいよいよしびれを切らしかけたタイミングで、彼は続きの言葉を紡ぎ始めた。
「本当はもっと早い段階……それこそ、閃と同じくらいのタイミングで、藍塚奏は親父に連れられて夜行に回収される予定だったんだよ」
「連れられて……父親も夜行構成員だったんですか?」
「ああ、娘と同じ水使い。設立時の尖った俺とつるむぐらい物好きなやつだったよ」
でも、死んじまった。アイツ自身もそんなに強いほうじゃなかったからな。遠くを見つめて細波さんは話を続ける。死に際に託されたのが「娘を安全に夜行に迎えてやってくれ」という想いだったそうだ。こともなげに淡々と、関わりのあった相手の死に際、託された願いを語る。長くうちにいる人だ。俺もそうだが、仲間の死にはどこか慣れてしまったのだろう。
「が、新しい父親がちょっと難のあるやつでな」
「ああ、聞きました。奏から」
「お。心開かれてるじゃねーの。ま、そういう事になっちまったから、心にも身体にも相当なストレスが掛かっちまった」
脳裏に焼き付いた大きな脚の傷。発達途上の子供に必要な栄養が足りなかった時、成長が止まってしまうと耳にしたことがある。負の感情を溜め込んで溜め込んで、外に出さずに処理をしようとするようなヤツだ。大きな抑圧を受けて、能力発現に遅れが出たのだともはや容易に予想できた。
「でも、じゃあなんで逆に、遅れてきた発現のタイミングが今だって分かったんですか?発現しないまま過ごし続けることも……」
「ああ、それはこの間のお前の問いの答えにもなるな。任務内容秘匿の理由」
クツクツと楽しそうに笑う細波さんに、そういえばと蘇る記憶。
俺はもともと「裏会再編で内部がクリーンになっちゃって。諜報任務減りそうだから、この際学校嫌い直してきなよ!」そう強く捲し立てる秀に半ば押し切られるようにここにやってきた。
これから先も、たとえ年齢的に学生の域を超えたとしても、烏森任務のように学校潜入をさせられることはある。そう考えると、学校嫌いだなんだとわがままを言っていられないかもしれない……ややひるんだ自分が情けない。秀ごときの嘘を見抜けなかったことも屈辱だ。
「発現が押し込められちまった場合、開放せず放っとくと100%、いずれ最悪の大爆発を起こしちまうんだとよ」
「100%……」
「ああ。それを防ぐためには、頃合いを見て一回全部の抑圧を取っ払って開放してやんないとダメなんだよ」
「つまり、奏の開放させ時は今だろうと計画されて、それに合わせて俺が送られた……つまり厳密には、"奏の抑圧解放"と"夜行回収"が任務内容だったってことですか?」
「そんなところだな。とりあえず新しい父親と彼女の関わりがなくなるのを待って、そうしたら裏会やらがゴタついてそれどころじゃなくなって、漸く今、ギリギリセーフだったって感じだ」
いやいや、じゃあ最初からそう言ってくれれば初めから読心仕掛けたりせずに済んだんだが。おかげで初期の俺たちの仲はかなり険悪だった。
この師の怖いところは、読心など使わずとも手にとるように俺の思考を把握してくるところだ。
「初めから知らされてれば上手くやったのに、って思ってるだろ」
俺だって良守や秀ほど考えていることが顔に出るような人間じゃない……はずなのに。ムググと口をつぐむと、細波さんはまた喉を鳴らした。
「じゃあお前、”今回の任務は同い年の女の心理的抑圧の開放。相手は藍塚奏。これが大まかなプロフィール。虐待された悲しき過去あり”……つって、奏チャンと同じクラスに放り込まれたら、どうしてた?」
「そりゃ、もっとなんかこう、スマートにアイツに近づいて……」
言いかけて言葉に詰まる。薄っぺらい笑みを浮かべる俺に大きく眉間に皺を寄せ、徹底的に接触を避ける奏の姿がありありと目に浮かんだ。
「自覚したか?お前、烏森のときからそうだったけど、気張り過ぎなんだよ。任務だって肩肘張って行ってたら、絶対関係構築失敗してたぞ。抑圧開放なんて夢のまた夢」
「見越してたんですか……」
「まあな。父親いわく”娘は俺とよく似てる”とのこって。アイツ初対面の警戒心がハリネズミ並みだったからな。じゃあなんで俺なんかと親しいんだとは思うが、兎にも角にもアイツと親しい俺に、お前は似てた」
適任だと思ったんだよ。細波さんは俺を何かに推薦する時、必ず「適任」だと推す。こじつけに聞こえる部分が大半だが、たしかにいつだって俺と対象の性格特性を汲んでいた。細波さんと奏の父親。それぞれに似ている、弟子と娘。自分たちの子供を同じ学校に通わせたがるママ友みたいだな……一瞬失礼な思考が頭をよぎったが、たしかに今いる夜行構成員のメンツを考えると、俺が選ばれ、全くの前情報無しで奏にぶつけられるのも頷ける……ような気がした。
「つーことで、夜行加入は決定事項だから。本人が志願してるなら楽もいいとこだな。あ、もちろん母親も承知済み」
最後の一口を飲み干して伝票を手に取った細波さんに、ほとんど手を付けていないウーロン茶を慌てて飲み干す。噛み潰して平になったストローに苛立つ俺を目の前の師はニヤニヤと眺めていた。
「よくやったよ、お前」
「んむ……」
「こっからの彼女の道は、まあ気にすんな。無理なら支えてやりゃあいい。惚れた女だろ」
惚れてねえ!どっからそんな話になったんだ。勢いよく息を吸い込み恥ずかしいほどに噎せこんだ。心底可笑しそうに笑い声を上げて細波さんは立ち上がる。そして呑気に一言。
「まあ、最悪なんでも役立ちようはあるさ。トイレの水詰まりとかな!」
それは……あまりにもひどくないか。
2021/9/2
title by 惑星
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