長編 | ナノ

「まァ、能力自体はベーシックな自然支配だよ。他の使い手は無難に”水使い”つってたな」

 いつかの日に訪れた学校近辺のファミレスで、細波さんはカランとアイスコーヒーの氷を鳴らした。静まり返った店内に軽快な音が響き渡る。あの公園での夜が明け、休む間もなく細波さんからコールを受けた昼下がり。任務報告会と称した、半ば一方的な細波さんからの種明かしが始まった。

「周りに居るわけじゃないですが、想像はつくくらいベタですね」
「だろ。高位の使い手なら相転移……蒸発させたり氷にしたりとか、何も無えところから水生み出したり出来るらしいが、藍塚奏はせいぜい、既にある水を動かす程度だな。今ん所」
「そんな感じなら、わざわざここまでしてアイツを夜行に加入させる必要あったんですか?」

 あの後、俺が打診するよりも先に奏は夜行への加入を希望した。いつだったか、気力がないとぼんやり空を眺めていた横顔を思い出す。一変、すがるような切実な眼差しで俺を見つめた藍塚の心情は、語られずとも手にとるように悟ることができた。人に迷惑をかけたくない、自分の得体の知れない力をせめて役立てられる場所に居たい。だからこそ、と思案し嫌気が差して眉を寄せる。

 一般人の中に紛れた異能者は、もちろんマイノリティであり、忌避される存在であるが、同時に「特別な」存在でもある。人には使えない能力を行使できる、ある種の優位性。
だが、夜行は異能者のコミュニティである。異能があることは当たり前、あまつさえ異能の強さ、有能さ、血筋、兄弟姉妹の序列で優劣がつけられる世界だ。異端な力を持っていても何者にもなれない無力感を、俺は誰よりも知っていた。俺だって、頼んでもないのに混じったこの怪異を使って、せめて頭抜けた存在になりたかった。見送っていくことしかできなかった背中たち。呼ばれない自分の名前。今となっては折り合いこそつき始めたが、奏はこれからそれを思い知るのかも知れないのだ。アイツのことを低く見積もりたいわけではないが、捕捉時の力の質や、先程の細波さんの言葉からは、どうしたって苦悩する道が待っているように見えた。


「生活インフラだろーが、水は。水道管でもぶっ壊されてみろ。力の使い方覚えてもらわねーと困んだよ」


やや釈然としない師の回答に黙りこくってストローを咥える。一理あるが、ほぼ住み込みの終身雇用みたいな異能者集団に引き入れずとも、やり方があったんじゃないか。

「腑に落ちてなさそうだな。奏チャンと一緒に住めるんだぜ?」
「そういうテンションで終わる話じゃないでしょう……。てか、別にそれが嬉しいとかでもねえし!」
「ハハ、真面目な奴。……ま、さっきの生活インフラの話も嘘じゃあねえが、本当の理由は……遺言、ってとこかな」
「遺言?」
「そ。藍塚父からの。あ、実父の方な」

実父。予想外の登場人物に開いた口が塞がらない。早逝だったと、以前アイツの口から語られたのは覚えている。藍塚家が壊れる前、平和だった家族の主。実の父親について語る奏の顔は穏やかで、その死について打ち明けることを未だ苦痛に感じていたように思う。間違いなくアイツの中で多くを占める存在。なんとなく話の流れが読めてきたようで、未だ靄がかかってる。もったいぶってアイスコーヒーを飲み、すぐには続きを話さない細波さんに苛立ち、ストローを噛み潰した。



2021/9/1



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