長編 | ナノ

「苦戦中か?」

 うだるような熱帯夜。何度目かのコールの後、開口一番に見透かしたような細波さんの言葉がざくりと胸を刺した。

「ええ、お陰様で!送られたリストのどっこにも居なかったですよ!家すらインターホン返事ねえし!」
「んなこたねーだろ。今さっき藍塚奏の母親に電話かけてみたが、昨日帰ってからずっと家で寝てたらしいぞ」
「母親ァ!?親ぐるみの任務だったんですかコレ!?」
「まーな」

 しくじった。あの状態の奏が一番に逃げ帰るのは、彼女を一番に守る自宅だという読みまでは当たっていたようだった。ただ、インターホンを押しても一向に返事がなく、電気すら点いていないのを見て不在だと思ってしまった。その後深夜までリストの場所を確度の高そうな順番に訪ねて周り、どこにも居ないと絶望した俺は、どこか遠くへ消えてしまったのかと青ざめて夜通し街中を駆けずり回っていた。こんなことならもっと早く細波さんにヘルプを求めていれば良かったと後悔してももう遅い。ほぼ一日中走り回って乱れきった息をなんとか整える。俺の必死ぶり、そして無能ぶりに細波さんは心底面白そうに、けれども真面目なトーンを孕んで俺に告げる。

「本人の能力はそこまで高くないっつーのが俺の予想だが、とはいえ自然支配系は異能の中でも一番高位なもんだからなあ。発現直後だからどこがてっぺんかもわかんねーし、なる早でな。できればもう暴走させんじゃねーぞ」
「見た感じもそうですし、定説的に激しい感情とかが今のトリガーですよね?」
「まーな。しかも藍塚奏、表に出す感情の起伏を抑えるタイプなんだろ?」
「……余計危ない、ってことですか?」
「そ。そういうやつほど抑圧してる分腹んなかに色々抱え込んで……」

 言い切らないうちに電話の向こうで着信音が鳴り、電話口から細波さんの声がフェードアウトした。こっちは放置か!小さく舌打ちを1つ。湿った手から携帯がすべり落ちないよう指先に強く力を込めながら、適当な家の屋根の上から辺り一帯を見渡す。汗でしとどの額を拭うとぬるりという感触がこの上なく不快だった。程なくして、電話を終えた細波さんの声が戻ってくる。

「いい報せだ。藍塚奏、今家出てったらしいぜ」
「は!?!?この時間に!?!?」
「この上なく憔悴しきってるとよ。母親が心底心配してたし、余計な迷惑かけまいとしてんだろ」
「あいつ……!」
「とっとと居場所突き止めろ。能力発現してんならそろそろ妖の類も見えるようになってくるハズだ。今なら辿れるくらいには力の流れ出てんだろ」

再度、言うだけ言ってプツリと切れた電話。薄暗い街に心がざわざわと粟立つ。この中を一人で、あの細っこい体躯が彷徨っていると言う事実に吐き気がしそうだった。

 勢いよく蹲み込んで屋根に手を突く。感覚全開、久々に行使する能力に自分の血に混ざる人ならざる存在が喜んでいるような気さえした。ビリビリと徐々に感度を上げていく。目頭からじわりと燃えるような熱を感じ、電流が走るような変化の感覚を甘んじて受け入れた。ボタボタと手元に汗が落ちる。ろくに着替えもせず奏の捜索に飛び出したせいで着放しの制服はぐっしょりと水分を含んで重たくなっていた。出力を最大にして射程範囲をギリギリまで広げていく。やがて鼻から生温い感触が滴り落ちるのを感じたが、なりふり構わず隅から隅まで探索の手を伸ばした。なにせ一度も捉えたことのない人物の力だ、対象を絞ることは叶わず、虱潰しに探っていくほか無かった。流れ込んで来る情報を片っ端からふるい落とし、ふと捉えた凛と冷たい力の感覚。もしや、これ。そう思うよりも先に、その側にある禍々しい気配を捉えた。取るに足らない低位のものだが、紛れもない邪気。

「チッ、間の悪い奴!」

 身をぐっと低くして勢いよく屋根を蹴った。気配の方向に向かって大きく跳躍した俺の視界を月明かりが焼く。開いたままの感覚が、大きく不安気にゆらめく力を捉えた。
 どうか、どうか、次こそはこの手からこぼれ落ちないように。焼けつくほどに焦がれてきた背中たちを思い出す。とうとうたどり着くことがなかったその光の輪郭に、この時俺は少しだけ指の先を掠めることができた気がした。そうか、あいつらを突き動かしてきたのは、この強く揺るぎない、真っ直ぐな本能。



2021/2/5





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